【2011年9月12日の朝礼でのスピーチより】

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またまたバンド活動の話です。思い出してみると、結構バンド活動からの話のネタがあるものです。

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私は結構緊張しやすいタイプで、その緊張が高まると吐き気を催したり腹を下したりします。20代のころに熱心に活動していたロックバンドでも私は専任ボーカルという非常にプレッシャーの強いポジションだったので、ライブ演奏の時はとても緊張しました。

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バンドでボーカルをやっているというと、大概の人は「へーっ」とか「ほーっ」という一種の驚きの反応を返してきます。ギターやベースをやっているというと、珍しくもないのでそれほどではないかもしれませんが、ボーカルというとちょっと特殊なポジションとして認識されているようです。

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イカ天というテレビ番組に出演した後しばらくして、職場近くの居酒屋で仲間と飲んでいると、近くのテーブルに同じ工場で働いている男女のグループがいました。その工場はとても大きくて色々なグループ企業や外注会社が同居しており、そこで従事している人は数千人に上ります。なので、そのグループの人たちも私とは所属会社が違うし話をしたこともなく、ただ何となく顔は見覚えがあるという程度でした。

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そのテーブルからぼそぼそ話し声が聞こえてきます。どうやら私のことを話しているようです。女性が言います。「あの人この間イカ天に出ていたのよ」 すると男が「へえー、そうなんだ、何をやっていたの?」 「それがね、ボーカルだったの」 「えっボーカル!?」といった感じでした。

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かくいう私も、まだバンドのメンバーになる前は、一切音楽とは関わりなく楽器もできませんでした。そんな十代の終わりのころに京都のライブハウスに高校の同窓生と行く機会がありました。ライブハウスで生演奏を見るなどというのは初めてだったので、とても印象に残っています。京都で有名な磔磔というライブハウスで、メインは生活向上委員会だったように思います。

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演奏の内容よりも、ステージ上で生き生きと演奏しているキーボードの青年が忘れられませんでした。自分と大して年も違わないのに、どういう人生を生きるとこのような晴れがましい舞台で活躍できるのだろうか。自分は全く楽器ができないのに、彼はいともやすやすとキーボードの上に指を滑らせ、軽やかに足のペダルを操作しているのです。(エレクトーンだったのかも) その姿を見て、地味な自分の生活が対比されて何だかみじめな気分になったものです。

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そんな私が一転してバンドでボーカルをやるようになったいきさつは色々ありますが、はっきり言えるのは歌がうまいからではありません。むしろ「超」ド下手でした。じゃあ、なぜボーカルをやっていたのかというと、それは草野球の監督と同じです。野球をやりたい友達がいて、一緒にやろうと誘われたけれどもあまりに野球が下手でポジションを任せられないので監督にされましたという感じ。(これはさだまさしのネタですが)

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私のバンドには二人のギター小僧がいて、彼らはとにかくギターが弾きたいのです。人前で演奏したい、ライブを演りたい。しかし、バンドにはベースもドラムも必要だからなんとかそのポジションを埋めるために、元々ギターしか弾けなかった友人を無理やりベースにしたり、ちょっとでもドラムをたたけるという人と知り合うと、音楽の趣味など関係なくメンバーに引き入れます。

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あのVelvet Undergroundでさえ、ドラムがいなくて困っていたところ、友人の妹がブラスバンドをやっていたというので、彼女に無理やりドラムをやらせていました。だからあのようなパンクの元祖といわれるカリスマバンドでありながら、彼女はドラム用のスティックではなく先っぽにふわふわの綿が付いたマレット(ブラバンの大太鼓のお姉さんが持っているやつ)でたたいていました。それが結果的にまたいい味になりましたが。

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さて、ボーカルですが、これは他のポジションと違ってギターでもベースでも歌うことはできますから専任ボーカルが特に必須というわけではありません。ドラムが歌うこともあります。Beatlesではリンゴスター、Queenではロジャーテイラーが見事に歌っています。しかし、ギター小僧はやっぱりギターに専念したいのです。よって、うちのバンドでは歌はどうでもよいパートとなり、楽器はできないけれどなんか目立ったことをやりたいと望んでいた私にぴったりだったわけです。

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そんな私ですが、赤の他人から見ればそれなりに輝かしく見えていたかもしれません。かつて私が京都のライブハウスで見た青年のごとくに。しかし、実際はそんなにかっこいいものではありませんでした。覚えることがたくさんありすぎてサラリーマンをやっている身では全く余裕がありません。曲の構成、歌詞、曲順など。特に英語の歌の場合は覚えるのが大変で、四六時中ウォークマンで流し聴きしていました。また、ステージで恐ろしいのはギターがチューニングを変えたりギターそのものを交換したりするときの「間」です。

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今の今まで威勢のいい歌で大声でShoutして(叫んで)いたのに、曲と曲の合間でシーンとしてしまうのはいたたまれません。といって、何か気の利いた事をしゃべろうと思ってもこれが難しい。有名バンドのライブでは、演奏の合間でも観客がワーワー騒いでいるから盛り上がったままでいられますが、観客10人程度のライブではシーンとなると本当に静かになります。

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ギター交換などは前もって決まっているからまだましですが、弦が切れたりしてちょっと時間が空くとき、ギターは気軽に「なんかしゃべってて」と言いますが、突然そんなこと言われても気の利いたことなど話せません。笑わせようなどと思ってうっかりなんかしゃべっても、すべるばかりです。それを後からテープで聞いたりすると頭をかきむしりたくなるほど恥ずかしいものです。

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だからあの「いやな間」を埋めるのは至難の業で、どの素人バンドもそのあたりはクリアできずにいました。あるガールズヘビメタバンドは、ボーカルの女の子はギターソロの間中ドラムの前に座り込んで水を飲んで時間を過ごし、自分の喉の渇きとそれ以上にあの「いやな間」を埋めていました。

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だから専任ボーカルは手ぶらだと間が持たないから何か小道具に頼ります。Whoのロジャーダルトリーはマイクをやたら振り回します。回している間は、「俺は歌っていなくても他にこっちの仕事をしてるんだもん」と主張できるからでしょう。フレディマーキュリーの棒だけマイクスタンド、矢沢永吉のバスタオルなどもそうした小道具でしょう。

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私の場合、ライブの前はそうしたいろいろなプレッシャーからか、開演1時間前くらいになると必ず腹が痛くなります。この文章を書いていてもその頃のことを思い出して手に汗をかき始めます。リハーサルが終わってちょっと時間があるのでラーメンでも食おうと近所の博多ラーメン屋に皆で行きます。私は平静を装っていますが、実は腹痛+吐き気でラーメンどころではないのです。それでも他のメンバーから「気の小さいやつ」と思われるのが嫌で、何とか無理をしてラーメンをすすっていたのです。手に汗を握りながら。

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そして、ライブハウスに客が入り始める前にトイレに駆け込みます。出すものを出すとようやく少し落ち着くのした。私のいたバンドは(申し遅れましたが)「一触即発」という名前でした。少しでも触れれば爆発するという意味ですが、私の場合は自分の腹具合がいつも一触即発でした。

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そんなバンド活動を10年以上続けてあるタイミングで私は一触即発を辞めましたが、バンドそのものはその後も活動を続けていました。そしてある日、元のメンバーに誘われて自分のいなくなったバンドのライブを見に行きました。バンドは別のボーカルを迎えて活動していましたので、自分が10年以上歌ってきた歌を彼がどのように歌うのか楽しみでした。勝手知ったるいつものライブハウスで、開演にはまだしばらくあるのであのトイレに入りました。それほど時間はたっていないのですが、何だか懐かしいような気分と、いつもこのトイレでは緊張にくるまれていたのに今日は一人の客として気楽にしていられるというその差異を面白く感じていました。

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小用を済ませて手洗場の鏡の前で自分の顔を見ていると、ふいに個室のドアが開きました。「ああ、人が入っていたのか」とその時気づきました。鏡に映ったその人の顔は、なぜかはにかんでいるようでした。「ん?」と思って直接その本人を見ると、それは私の代わりに新しく加入したボーカルでした。私を元ボーカルと知って、照れくさそうに笑うその青年に「何だ、君もか」と、親近感を覚えました。

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他人から見ると羨ましく見えるような人でも、実は結構ぎりぎりでやっていたりするものです。水面では優雅に泳いでいるように見える白鳥でも、水面下では必死で水を掻いているのです。私がサイパンへ文化交流活動のボランティアで行くと、ほかに英語が話せる人がいないので仕方なく通訳役(あくまで通訳ではない)をやります。つたない英語で話し、ヒアリングもまともにできませんが、それでも子供たちからは立派な通訳として映るようです。目を輝かせて私に「どうすれば英語ができるようになるんですか?私も通訳できるようになりたいです」などといわれると、恥ずかしくてまともに返事ができなくなります。この話はまたいずれ。

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