20年前、当時私が携わっていた制御系の仕事でのフィニッシュは、現地にシステムを設置後に動作テストをして、カットオーバーを迎えるということでした。
当時のマシンはラックマウントが数本、2重系だとその倍だから10本以上にもなり、プリンターやらMT(磁気テープ)を保管するロッカーやらなんやらでかなりのスペースを必要とし、専用のマシンルームが必要となります。

私の20代前半はいくつもの浄水場の仕事に携わり、全国各地の浄水場へ現地調整(略して現調)に行ったものです。このような案件は、設備工事と一緒に発注されることが多いので、新しいプラントを作ったり、マシン室の増築や空調工事をしたりで、当時の私から見ると、「工事のおじさん」たちと一緒になって仕事をしていた、という印象でした。

普段よく建築の現場で見かける光景ですが、プレハブの建物があってそこでヘルメットをかぶった作業員の人たちが働いているのを見ることがあります。私が現地調整で仕事をするのは、まさにそんなところでした。プレハブの建物は現場事務所と呼びますが、私たちソフト担当のプログラマーも、作業服を着てこの現場事務所でデバッグ作業を行います。工事中のマシンルームへ出入りするときは、皆と同じように作業服にヘルメットを被って行くので、傍目からは工事作業員と思われていたことでしょう。

現場事務所での作業は、普段の自分たちの生活とはかけ離れていて、結構面白いものでした。朝はラジオ体操をしてその後は朝礼、「今日もゼロ災で行こう、ヨシ!」という掛け声と共に人差し指で目標を差す「指差し呼称」をして朝礼が終わるのも新鮮な感じがしました。

広島の現場事務所では気のいい所長がいて、私はその人のさばけた感じがとても好きでした。また、部下にも面倒見のいい人たちがいて、よく飲みに連れて行ってもらいました。私がバンドをやっているという話をすると、少々髪も長かったものですから、「こういう若者が入ってくるとは、時代は変わったなあー」などといわれたものです。今のように茶髪で会社に行っても何もいわれなくなったのは、当時と比較するとまだまだ最近のことですね。

しゃぶしゃぶを奢ってくれたりした、寡黙だけれど気前のいい人がいましたが、彼があるとき、会社の野球チームに所属しているとかで背番号24のユニフォームを来ているのを見て、「お、中畑ですね」と声をかけたら、露骨に嫌な顔をされました。どうしたのかと思ったら、広島では24番といえば広島カープのだれそれというのが常識で、巨人の選手の名前を出すなどというのは論外だということで、ここは広島なんだなと感じました。

その広島での体験を2つほど紹介します。

あるとき一人の若者が現場事務所に尋ねてきました。確か副所長が応対したと思いますが、なにやら簡単なやり取りの後にいくらかの現金を支払い、神社のお守りのようなものを受け取っていました。後で聞くとそれはいわゆる地回りで、新しい作業現場に挨拶に来たそうです。この若者もその筋と分かるような風体でもなく、ちゃんと領収書も渡していたように思いますが、副所長の対応も慣れたものでした。なんだか「大人の世界を見たなー」という感想でした。

現場事務所に訪れる、あまり来て欲しくない来客は、先の地回りだけではなく、身内の中にもいるようです。あるときいつも快活な所長が、明日から2日間監視員が来るからどうとかこうとかと、あまりさえない調子で話していました。「ソフト関係の人たちには面倒は掛けないと思いますから」という所長の言葉に、何やらやっかいなことが起こるという予感がしましたが、結局それは安全管理や品質管理のための内部監査員がやってくるということでした。なので、その人が来たからといって別段何も面倒が起こるわけではなく、単にちょっと教えてくださいという調子で話しかけられ、ソフトの品質管理のためにどういう作業手順で仕事をしているかといったことを簡単にヒアリングされたくらいでした。我々ソフト開発の仕事の内容を理解している人は、現場事務所の所長を始め一人もいませんでしたので、当然その監査員も通り一遍のことを聞いてそれを書き留めるだけで終わりました。

その監査員が来た日の夕方、現場事務所に全員が集められて安全管理に関するディスカッションが行われました。もちろんそれを仕切るのは所長ではなく監査員でした。ハインリッヒの法則などを引き合いに出し、危険の芽を早く摘むことが安全のためにいかに重要かというような話で、「ヒヤリハット」という聴きなれない言葉がよく出てきました。これは、現場での作業中にヒヤリとしたり、ハットしたことをいい、「ヒヤリハット運動」というのはこれらを危険につながる前兆として見逃さず、問題を解決するためのアクションを起こしましょうというキャンペーンのことでした。

会議の終盤でその監視員が全員に対して、これまでの作業を通して何か「ヒヤリハット」を感じたことはありませんかと質問した。しかし何故か現場の居並ぶおじさんたちはこの監査員がそれほど怖いのか何なのか、いつもテンションの高い所長を始め皆押し黙って重苦しい沈黙が流れていました。こういうとき、黙っていられないのが私の性格で、新参者でしかも工事現場からは浮いた存在のソフト開発担当者という立場で発言してよいかどうか迷った末に「事務所へ行き来する道の途中に長さ1mほどの鉄骨が転がっていますが、暗くなると足を引っ掛けて怪我をすることになりかねません」と私がいうと、その監査員は我が意を得たりという感じで「それですよ、そういう意見が大切なんです」と、私の意見を称えてくれました。会議の雰囲気もなんとなくホッとした感じになりました。

この仕事を通してずいぶんと色々なところへ長期出張したものですが、普段とは違う世界を色々と体験できたことはとても良いことだったと思っています。私の会社は人材の派遣は基本的にやりませんが、人間として成長する上で色々な会社に行って、違った業界、職場を見ておくということはとても大切なことだと思います。

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