私が最初に勤めたK社で、後にも先にも始めて始末書を書かされたことがある。入社2年目、ちょうど今頃の時期だったと思う。新潟の長岡で、浄水場システムの現地調整のために数ヶ月にわたって出張に行ったときのことだ。

定宿にしたのは長岡駅のそばの今重旅館という和式旅館で、1泊5千円程で朝夕の食事もついていて、米はうまいし食べ放題、夕飯には刺身などをつけてくれたので結構割安感があった。ここに、先輩のS氏と私、他に元請の社員数名と長期滞在したのであった。出張中に大韓航空機がソ連の戦闘機に撃墜されたニュースをやっていて、旅館の女将さんが「これは戦争になるかもしれないよ」と興奮した口調で語っていたのを覚えている。だから83年のことである。

さて、出張すると宿泊費や日当が出るので、薄給の身分ではそれが長期にわたると結構な臨時収入になる。確か当時は、1泊すると宿泊費が5千5百円と日当が千五百円出たように思う。当然ながらその他に旅費が実費で支給される。だから、うんと安い木賃宿に泊まって宿泊費を浮かせる人もいた。現地出張というと、かなり残業も多くなるので、元請会社の社員では半年を越えるような出張に出ると、帰ってきてから車を購入するような話も聞いたりしてうらやましく思ったものだ。しかし、元請会社と下請けのK社とでは同じ仕事をしても宿泊費や日当に結構な差があるので悔しい思いをした。長岡の旅館は人のいい女将さんがいて食事もおいしかったので、宿泊費を浮かすことはできなかったが、もっと安いところを探すことはしなかった。

これは私にとってはじめての出張であったが、その後、K社を辞めるまでの4年間で新潟、広島、埼玉、香川、福岡の浄水場、また、島根の紡績工場、北海道の電力会社への現地調整で長期の出張に出ることになり、年間の半分近くは出張に出ていたような気がする。

長岡での出張が1ヶ月を過ぎるころ、先輩のS氏が自分の書いた出張旅費清算書を私に示して、これと同じように書くように指示をした。出張期間も勤務時間もまったく一緒だったので、たんに丸写しすればよいのであったが、1点気になったのは毎週末に東京と長岡の往復の旅費が記載されていたことである。実際は現地に行きっぱなしで東京に戻ったのはせいぜい1回くらいだった。そのことを聞くとS氏は、「別にかめへんのや」といった程度で取り合ってくれない。週末、現地にいると宿泊費で1万円程度、しかし、新幹線で往復したことにすると、それを上回る金額になるので結構得することになる。そこで、私もそんなものかといわれるままに清算書を書いてしまった。

そのようなことがあってからしばらくして、たまたま東京の元請の会社へ戻ることがあり、そこで仕事をしているとK社長がやってきた。私の顔を見るなり、「お前、ちょっと行儀が悪いんちゃうか?」と言ってきた。藪から棒にいわれてむっとしたが、社長は、「出張先から毎週毎週帰ってくるのは行儀が悪い」というのである。ああ、あのことかと思ったが、こちらは何も後ろめたいことはなかったので「別に毎週は戻っていません」と答えると、社長の顔色が変わった。「それじゃお前、うそをついていたのか」と詰め寄ってくるので、「S先輩にそう書くようにいわれたからです」と正直に答えた。すると社長は「これは犯罪です」といってその場を立ち去った。

それからまもなく、先輩のS氏はかなり社長からとっちめられたようだが、どのような処分を受けたのかは知らない。しかし私にも始末書を書けといってきたくらいだから、それよりも重い処分だったことは間違いない。

さて、K社長に言われて始末書を書かなければならなくなったのだが、社会に出てまだ2年目で、その意味すらよくわからなかった。今ならGoogleで例文を見ることができるが、当時はそのようなものはなかったので、本屋か何かでそれらしい文書を参考にして書いた。内容としては、S先輩の指示で他意はないとはいえ、会社に迷惑をかけたことをお詫びしますといったような内容だったと思う。

しかし、釈然としない思いが自分には残った。本来ならば、出張旅費や日当の仕組み、書類の作り方や申請方法などは会社がきちんと説明すべきものだと思ったからである。それを怠り、ただ派遣として元請会社に放り出し、初めての出張であるのに何の説明もしない。それでいて稼ぎの上前をピン撥ねし、自分が損をするとなるととたんに大騒ぎするこのK社長やK社そのものに対して、「自分の会社だ」などという意識はまったく生まれなかった。

入社して初日から元請に派遣され、同僚といえば先輩のS氏ただ一人というような状況で、その先輩から指示されたらそれが会社の指示だと思うのは私だけだろうか。出張旅費の書き方に疑問は感じたが、それはその会社特有の習慣だと思うのは無理なからざるところではないだろうか。

このような経験から、社員、特に社会人経験のない新人に対しては、できる限り詳細に説明をするようにしているつもりである。給与明細の内容について自作の小冊子で入社時に細かく説明をしているのもこういった理由からである。新人は右も左もわからないのが当然だから、先輩である皆も、自分が新人だったときのことを思い起こして、親切丁寧に指導してくれるように望みます。

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