【12月14日の朝礼でのスピーチより】

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「ん?なんだこれ?」、カミさんがBOOKOFFで子供のために買ってきた絵本のページの間から、何やら私的な便箋が出てきました。

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これまでも買っては売ってという調子で、中古本を買ってくることは珍しいことではなかったのですが、本に売主の私的な手紙が入っているというのは初めてでした。しかも差出人はこの本の著者で、宛先は内容から察するにその著者がお世話になった先生(大学の教授?)にあてたものでした。

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どうやらこの本を出版するにあたり恩師に贈呈したときに、同封したメッセージと思われる便せんが、この本に挟み込んであったのでした。店でもそれに気付かずに店頭に並べてしまったのでしょう。

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面白い出来事ではありますが、著者にこのことを知らせたものかどうか考えてしまいました。だって、自分がせっかく恩師に贈った本がこともあろうにBOOKOFFで自分の手紙と一緒に売られていたのですから。著者はそれを知ったら傷つくでしょうし、その方の恩師との関係にも傷が入るかもしれません。

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結局そのことは著者には知らせずに済ませておりまが、色々と想像は膨らみます。年老いた教授が亡くなり、その身内が膨大な書籍を処分する際に、まとめて売り払ってしまったのかもしれないし、両者の間に何かの出来事で関係が悪化し、その本を腹いせまぎれに手紙ごと処分してしまったのかもしれません。そうした想像が広がるというのは、中古本ならではの面白さです。

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中古で求めた本で、ある文章に赤線が引いてあることもあります。元の持ち主はどういう心情でこのセンテンスに赤線を引いたのだろうか。そうしたことを考えるのも中古本ならではの楽しみです。

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昔は古い本や私的な文書などは、その持ち主が亡くなったりした場合、庭で燃やして処分したものでしょう。燃やすということは、もう二度と誰にもその内容が知られることはないので、非常に明確な処分方法です。人の気持ちにも一つの区切りというか、始末ができたということになります。立ち上る煙を見ながら、そうした何事かの終わりをしっかりと胸に刻むというのは、それはそれで風情のあることです。

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しかし現在、都会でこのように自分で燃やして処分するということはほとんど不可能です。燃やすことのできる庭もないし、仮に燃やしたところで周りから苦情が来たりダイオキシンがどうとか無粋なことを言われるのがオチです。その代り便利で実利も得られるよい方法が登場しています。それがBOOKOFFであり、ネットのオークションサイトです。

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以前であれば、こんな着古しどうするのかというような衣類でも、オークションに出すと結構売れます。子供の絵本など、子供の成長に伴ってすぐに不要となるので、こうした新しい仕組みは大変重宝します。処分する側にとってはなにがしかの現金に換えられるというメリットはあるし、買う側からしても新品を買うよりうんと安く手に入れられて経済的に大助かりです。本や衣類を処分するために燃やしてCO2にしてしまうよりも、それを必要としている人に安価で引き取ってもらえるのであれば、とても地球環境にやさしいといえます。

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しかしその反面、ある人の人生の終わりとともに本来は消え去るべき物が2次3次マーケットに流出して、色々な人々の手に引き継がれていくという、処分した本人も思ってもみないような事態が発生しています。

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私もバンドをやっているときに、作詞したけれどお蔵入りになったくだらない詩をたくさん書きましたが、そうしたものが意に反して様々な人の目に触れるというのはちょっと耐えられないですね。しかも、そうしたものが博物館にでも展示されるのであればいざ知らず、チープなマーケットに出回るのであれば、考えただけでも赤面ものです。

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自分が死んだときに、生前に指定した書類や電子データを確実に処分してもらうというビジネスがこれから出てくるかもしれません。

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