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先日(2009年2月14日)、子供二人を連れてクリーニング店へ行こうとして駅前で信号待ちしていた。すると、それまでも繋いでいた手を振り切ってちょろちょろしていた下の娘が、また勝手に一人で離れていってしまった。すぐに戻ってくるだろうと思っていたがそのうち姿が視界から消えてしまった。上の子にここで待つように言って彼女を探し始めたが、逃げ足の早い彼女はどこにも見当たらなかった。しばらくそのあたりをうろうろと探したが全く見つからない。上の子は、「一人で家に帰ったんじゃないの?」というが、下の娘はまだ4歳で、一人で街中を歩かせたことなどこれまでになかった。

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しかし、そこにいつまでいても仕方がないので、上の子が言うようにまずは自宅に戻ってみることにした。家にもいなかったら警察に届け出ようと覚悟していた。しかし、戻ってみると、自宅マンションのエレベータ前にちゃっかりと彼女は立っていた。どうやってここまでの道を覚えたのか不思議だった。彼女が戻った道は普段通う道ではなかったからである。

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そんなことがあり、自分が幼稚園児だったころを思い出した。彼女と同じ4歳か5歳のころ、幼稚園の遠足か何かの行事があり、その帰りのバス。家まで送ってくれるかと思っていたら途中で降ろされた。そこでは数人が降ろされ、迎えの母親たちが待っていたが、私の母親はそこにはいなかった。

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ずっと後年母から聞いた話では、その日何か用事のあった母に代り、近所の同級生の母親が、代わりに迎えに行ってくれることになっていたらしい。ところが、その人が時間に遅れてしまい迎えに間に合わなかったということだ。しかし、私はここからなら自分で帰れると思って勝手に一人歩いて帰宅してしまった。もちろん、それまで歩いたことなどないルートだった。バスを降りたのが春日橋あたりで、自宅まではおそらく1Kmくらいだろうが、当時でもかなり交通量が多い道のりである。途中で誰かに道を聞いたり、信号を渡らせてもらったりした記憶があるが、平然と家に帰ってきた。

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親は相当驚いたし、幼稚園のほうでもあわてていたようだ。私一人が行方不明となり、しばらく捜索していたらしい。ややしばらくしてからそのバスが自宅前に到着したので、手を振って迎えに出た。「なんだ、今頃ついたのか」と言わんばかりに誇らしげにバスを迎えたのを覚えている。きっと私の心配をしてわざわざ寄ってくれたのだろうが、私一人はどこ吹く風という態度だった。

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そう考えると、自分で言うのもなんであるが、子供は4歳5歳でも親が思うよりもしっかりとしているものである。普段親と歩いたりしているうちに結構道順も記憶しており、チャンスがあれば一人で冒険したいと思っているのである。今これを書いているうちに思い出したが、私もそのようなチャンスを待っていたような気がする。

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私は大人になって相当な方向オンチとなった。20歳か21歳で初めて車を購入した。地元の級友から中古車、トヨタのコロナを10万円で買ったのだが、それを実家の池上から住まいのある日野まで乗って帰るのに丸1日かかってしまったことがある。日野へは20号をひたすら走っていけばよいのだが、私の頭には多摩川を超えたらそこは東京ではないという思い込みがあった。あとで考えるとそれは日野橋だろうが、それを渡ったときに多摩川、一級河川という標識を見て、「しまった、神奈川県に入ってしまったぞ」と思い込み、すぐに引き返して西へ向かった。しかしそこにはめざす日野市はなかった。そしてまた引き返し、日野橋を何度も渡ったり戻ったりして、車を止めてよくよく地図を見て驚いた。日野市は多摩川を超えた南側にあるのだということを。

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子供のころは今と違って高所恐怖症でもなかったし、方向音痴でもなかった。大人になると、なにか余計な恐れや不安とあいまいで中途半端な知識が身について、本来持っている動物的感覚をスポイルしてしまうようである。

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