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今日はたまたま誕生日なので、少し振り返ってみる。
例えば10年前は何をしていたか思い出してみると、事務所を現在の場所に移転した時期である。それまでの事務所は駅には近いものの、かなり狭くて満足な会議室もないような状態だった。移転する数年前に、このビルにMacintoshの出力センターのようなものが入っていて、訪れたことがある。当時はこのビルが出来てまもなくで、真新しいオフィスビルを見て、こんなところに入れたらいいのになあと思ったものである。

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そのころ、自分たちの体力に比するとかなり規模の大きい仕事を引き受けて、恐ろしく苦労した時期ではあったが、そこそこ利益も上がったので、前に目をつけていたこのビルが空いたと聞いて、ちょっと無理をして契約をした。このちょっと無理をしてというのが微妙で、無理をしないといつまでも成長しないし、無理をしすぎるとコケてしまう。

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会社を興して最初の事務所は立川のパン屋が入っている木造の2階であった。歩くとギシギシと音がする10坪程度の空間だった。そこの建物の大家さんは、すぐ近所にお住まいの大手電機メーカJ社に努めているという老紳士であった。その彼が、入居の時かあるいは蒲田に移転するので出て行く時かに、ちょっと話をしてくれた。その老紳士曰く「『蟹は自分の甲羅に似せて穴を掘る』と言いますが、会社の場合でも無理をせずに自分の身丈に合った場所を借りるようにしなければいけませんよ」と戒めてくれた。今でもときどき思い出す言葉である。

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さて、20年前はどうだったか。
自分で独立して会社を始める1年半前である。当時はまだ勤めていたのだが、この会社は私がフリー契約で富士電機の仕事をしていた時に間に入ってくれていた会社で、いずれ独立するという前提条件付きで入社したのだった。このころは独立する決心を固めるために色々と心が揺れていた時期である。自分では独立したいと思っていたが、いま一つそれが決意となり行動につながらない時期でもあった。

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上司である直属の部長や、私を入社させてくれた元社長(その後会社はM&Aによりこの社長は常務となった)に相談はしていたが、私のほうもいま一つ決意が弱かったせいか、独立するということについて「若いうちにそうした意欲を持つっていうのはうらやましいね」などと半分褒めてくれながらも、それほど本気にもとらえてもらえなかった。

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会社でSEの仕事をしていると日常の日々が忙しくてなかなか具体的に動くことができない。それでも、勉強会に参加したり、色々な人に出会ったりと、自分できっかけ作りをして何とかテイクオフしたという感じだった。自分で会社をやりたいという思いと、自分にできるのだろうかという不安。このまま勤めていたらなんとなく30歳になってしまうという焦りと、このまま会社員でいた方が丸く収まって親も会社も安心してくれるのではという打算などに揺れていたことを思い出す。

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話は脱線するが、子供のころ家に「仏教まんが」というシリーズが何冊かあってよく読んだものである。お釈迦様の生まれたときから出家までの話や、ダイバダッタに修業を妨害されたり愚者のパンタカに悟りを開かせたりといった逸話をまんがにしているのだが、当時小学生だった子供の私には結構重たい話が多かった。

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その中にこんな話が載っていた。ある王国に鳩の肉が大好きな王様がいて、おりしも数羽の鳩が捕えられてかごの中でふんだんに餌を与えられていた。うんと太らせてから食べるためである。しかし鳩たちはその境遇にすぐに慣れて、おいしい餌を毎日食べられることを喜んでいた。一匹を除いては。しかしこの中の1羽の鳩だけは違っていた。彼はかごから出たい、もう一度大空を自由に飛びたいと熱望して一切餌を口にしなかった。それから何日か過ぎ、太って食べごろとなった仲間の鳩は次々に料理されていく。一方、外へ出たいと餌を食べずに痩せこけた鳩は、食べごろにならないのでかごの中に置かれたままとなっていた。そしてついに、籠の隙間から抜け出せるほどに痩せた鳩は、そこから脱出することができた。仲間の鳩はそれを見てしきりに自分の浅はかさを嘆いたが、すでに太ってしまった鳩たちは料理されるだけである。

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この話はここまでだったが、色々と考えさせられる話である。餌を食べずに逃げ出した鳩は幸せに暮らし、めでたしめでたしといえるのだろうか。外に出れば外敵も多く、痩せて弱ったハトは猛禽の餌食になるかもしれない。外の世界というのはそれほど甘くはない。しかし、かごの中で飼殺しにされるよりは、野たれ死んでも、他の動物に食い殺されても自由の方が良いと望む気持ちもよくわかる。

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たとえば自分が豚だったとして、毎日食べたいだけ食べて、外敵の心配なく安心して眠れる養豚場で幸せに5年生活して、そのあと苦しまずに処分されて食肉になるのと、外敵だらけで食うものもろくになく10頭のうち1頭しか生き延びられない過酷な山の中で野生の豚として過ごすのとどちらを選ぶだろうか。外敵に襲われて生きながら食い殺される確率が80%だったとしたら。私には簡単に答えは出せない。(余談だが、牛や豚は人に食されることで絶滅せずにDNAを保っているのかもしれない、人間にとって美味と思われることが種の保存につながっているのだとしたら、などと考えたりもする)
重くなるので話を戻そう。

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さて、これからの10年はどうであろうか。
すでに40代も残り数年となってしまった。20歳で社会に出てすでに30年近くがあっという間に過ぎた。60歳まで現役で働くとすると、あと数年で最後の10年(Final Decade)に突入する。この数年はそのFinal Decadeへの準備期間だと思っている。この最後の10年は、下請けではなく自分たちの商品やサービスを確立し、自分たちのビジネスのために働くというのが私の願望である。

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