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先日、京都での三宝莚30周年記念パーティーへ出席した際、天台座主より表彰状をいただいた。長年、三宝莚のサイパン交流事業をお手伝いしたということでいただいたのだが、予想外のことで大変恐縮している。お寺の関係者でないとわからないかもしれないが、お座主さんといえば雲の上の人。その方から表彰状をいただくなど想像もしていなかった。

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現在のお座主さんは平成19年に上任された第256代半田孝淳大僧正。もちろん面識はないが、私が小僧をしていた昭和54年ごろ、当時の山田恵諦座主(第253代)には確か一度お目にかかっている。といっても、師匠からの使いでものを届けに行っただけのことであるが。

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古いことなのであまりよく記憶はしていないが、お座主さんのところへ使いに行くのに、一人の信者さんが是非お座主さんにお目にかかりたいと希望していたので、ちょうどよい機会だから一緒に行って来いということになった。確か滋賀院の入り口でこの信者さんと待ち合わせしていた。しかし指定された時間になってもその信者さんが現れない。やきもきしながら待っていたが、約束の時間を過ぎてしまうので仕方なく一人でお座主さんを訪ねた。

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私の所属している叡南一門は千日回峰行者を擁する系統であり、その生きるか死ぬかという荒行をこなすだけに、日ごろの小僧に対する指導もとても厳しいので有名であった。自分としてはそのような厳しい先輩たちが当たり前だと思っていたので、そのトップに君臨するお座主さんというのはどれだけ怖い人かと思って緊張していた。居間に通されて渡すべきものを渡して控えていたが、当時すでに80歳を超えていたであろうお座主さんは終始おだやかで特に何も変わったことは起こらなかった。

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しかし、戻ってきてから師匠に叱られた。待ち合わせしていた信者さんとどうして出会えなかったのか、なぜ相手が来ないと思ったら一か所で待つのではなくそれらしい場所を探さなかったのかと。この信者さんも自分が探さなかったのが悪いのだからとかばってくれたが、叱られるのは小僧の役割である。こうした使いが、一番面倒が起り易くて嫌だった。

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さて、かの山田座主は100歳まで存命で在位20年という長期にわたり座主を務められたので大勢の人々から親しまれ、さまざまなメディアでご本人のお言葉は残されている。そうした中、つい最近新聞である記事を見つけた。同門の瀬戸内寂聴さんが、山田座主との対談について思い出を語る記事だった。そこで紹介されているお座主さんの言葉が印象に残った。「あせらないことが大切である」と。

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あまりにもありきたりの言葉であるが、逆にだからこそその意味を深く考えさせられる。確かに100歳まで現役で活躍するということは、20歳で世に出たとしても80年にわたり社会活動を行うのであり、あせっていてはこれだけの長い時間を一線で活躍することはできないだろう。あせらず長い時間をかけてとてもたくさんのお仕事を成し遂げてこられたのだろう。

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信長の時代のように人生を50年とすると15歳で元服して50歳までの35年しか世の中で活躍できないのである。現在はもっと平均寿命は延びているので、仮に70歳まで現役でいられるとしたら20歳から70歳までの50年くらいであるから、お座主さんの現役生活80年というのは人の倍近くの時間を持っていたことになる。

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時間を資産として考えると、長寿を保ち現役で仕事をするということはとても意義深いものである。20代ではまだまだ社会では相手にされないが、30歳、40歳と年を重ねるごとに社会からもそれなりに遇されるようになる。人生の面白みは年を取ってからと考えて、あせらずゆっくりというのも悪くないかもしれない。

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知り合いの経営者でも、若いうちからバリバリ働いて成功しながらも、がんであっけなく死んでしまった人がいる。本当はそれなりの治療を施せば生きられたかもしれないのに、生き急いでしまったという感じがする。私も健康に気をつけて、人生は長いというゆったりした気持ちでいられたらと思う。

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昔テレビで放映されていた「一休さん」の名台詞に「あわてないあわてない、一休み一休み」というのがある。どこか大人をおちょくったような台詞だが、緊急事態に直面したときに、まずは自分の心を平らにするということなのではなかろうか。「一休」という名には禅僧ならではの深い意味が込められていたのではと、これを書いていてはじめて気がついた。つまり、あせらないということは、「虚心平気」、「近視眼から巨視眼へ」、「忘己利他」という心構えにつながるのである。

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