(本当は前回の続きのはずでしたが、すっかり忘れて別の話をしてしまいました、「情報共有の力」の後半は来週にします)

比叡山の麓に里坊(さとぼう)と呼ばれる寺院群があります。この中の律院という2,000坪ほどの寺に、一年と少々住み込んでおりました。この寺は大変立派な庭園を持っており、日本百庭園のひとつにも数えられたこともあったそうで、誰かがこの庭をカモメが遊びに来るようであると称えた「遊鴎観」という額が鴨居に飾られていました。(この原稿を書くにあたってちょっと調べたところ、国指定「名勝」庭園の62番目に数えられているようです) 今思い出すと、この寺では私一人で留守番をしていたことが多かったように思います。2,000坪の土地に高校生が一人で住むということは、今にして思うととても贅沢な体験だったと思います。

この寺の中にはいろいろな書や掛け軸などが飾られておりましたが、その中で2つばかり今でもよく覚えている言葉がありまして、今日はその中のひとつについてお話しします。

それは、床の間に置かれていた円形の石板で、掃除のたびに座りの悪いこの石板に気を使っていましたが、そこには次のように書かれていました。

大に分てば多く和す

この意味は別に誰にも説明を受けた記憶はありませんが、読んで字のごとくなので特に深い意味はないと思います。持っているものを広くあまねく多くに分け与えれば、多くの人が喜ぶ(和す)ということで間違いはないと思います。

たとえば宝くじで10万円が当たったとき、これを自分とその奥方とで5万円ずつ分けるよりも、千円ずつでも100人に分け与えたほうが多くの人が喜ぶという意味でしょうね。
さらにたとえれば、仕事でトラブルが発生し、大勢で遅くまで残業しているときに、皆にハンバーガー一個ずつでもいいから差し入れをすれば、全体として気持ちが和らぐというような感覚でしょう。

師匠の所には毎日大勢の信者様がいらっしゃって、お供え(つまり現金)や花、供物などを寄せていただきましたが、たとえば花などをもらっても、既に花瓶や水盤には十分な花が活けてあり、新たに活ける場所がありませんでした。また、お菓子などをいただいても、賞味期限内にそれらを私たちだけでいただくのはとうてい無理でした。したがって、師匠はこれらの供物を参拝にいらっしゃった他の信者様にこまめにお配りになりました。私も師匠の元を去ってから何年もして、たまにご挨拶に伺うと、帰り際に「せっかく来たんやから、これ持って行けや」といって、よそからいただいた商品券などを下さることがあります。師匠の所には様々な人から色々なものが寄せられますが、それらをいったんは受け取りながら、いろいろな人たちに再分配しているのでした。

私は師匠のこのような姿を日ごろから目にしていましたので、なんとなくではありますが、人からもらったものであっても、自分一人のものとして独占するのではなく、より多くの人が喜ぶように再分配するものだという教えをいただいていたように思います。だから、「大に分てば多く和す」という言葉も自然に理解することができたのです。

蛇足

話は飛びますが、私は二十代から三十代にかけてロックバンドでヴォーカルを担当し、最盛期は毎月1回のペースで吉祥寺BePoint、横浜7th アヴェニュー、原宿クロコダイルといったライブハウスに出演しておりました。すると、演奏は下手でもそれなりに数少ないファンが付いてくれたりしたものでした。あるとき女性ファンが私に花束をくれたのですが、うれしい反面、正直扱いに困りもしました。男の一人暮らしのアパートに気の利いた花瓶などもないし、生来のものぐさなのですぐに枯らしてしまうことは明らかでした。ですから、ライブの後の居酒屋での二次会で、このもらったばかりの花を、ライブに来てくれた他の女性客達に少しずつバラして分けてあげました。もちろん、男に花をあげても喜ぶはずがありませんし、喜ばれたらそれはそれで困りますので、女性限定で配りました。

私としては昔、比叡山の師匠がしていたように、広くあまねく皆に喜んでもらおうと思ってした行為でした。私としては何の下心もありませんし、後ろめたさもないので、花をくれた当人の目の前で分け与えたのです。てっきり花をくれた本人もそれを見て喜んでくれるだろうとさえ思っていたのでしたが、それを見ていた女友達から後になって電話がかかってきて、「あれはひどい」と小言をもらいました。彼女曰く、「折角あなたに花を持ってきたのに、持ち帰らずにその場で他の人にあげてしまうなんて、あなたどういう神経をしているの?」というお叱りでした。

私としては、良かれと思ってしたことでしたが、言われてみれば「そりゃそうかな?」と反省もしました。その反面、持ち帰ってもすぐに枯らしてしまうのであれば、せめて多くの人に持ち帰ってもらったほうが価値のある使い方だったとも思います。まあ、何をするにも、TPOや人の気持ちというものもよく考えなければいけないのでしょうね。

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