もう年の瀬が近づいてきました。暮れになると色々と忙しいのは今も昔も変わりませんが、それは日本には盆と暮れがあり、昔はこれらがいわゆる「締め日」でして、色々な節目の日となるからです。今日は賞与支給日ですが、夏の賞与は7月です。これはお盆が7月、暮れが12月と一致していますね。

最近、「売掛」という言葉が変な分野で話題になっています。つまりホストクラブの習慣として客にその場で現金やクレジットカードでの決済を猶予して、月末とかにまとめて請求するというやつです。本来「売掛」というのは商売や経理の世界で使われるもので、一般の人はあまりその言葉に触れることは無かったかもしれません。しかし、普段使っているクレジットカードでのやりとりもこの「売掛」です。「ツケ」といえばわかりやすいかもしれませんね。

「売掛」があるなら「買掛」があるだろうとすぐにピンとくる人もいるでしょう。また、「売掛」と似た言葉で「掛け売り」という言葉を思いつく人もいるでしょう。今日はこれらについて一般常識として知っておいて欲しいので説明します。

まず「売掛」と「買掛」ですが、これはモノやサービスを提供して代金を回収する場合に使う言葉です。「売掛」と「買掛」の違いは、同じある取引について代金を回収する側(売る側)から見たら「売掛」となり、代金を支払う側(買う側)から見たら「買掛」となるというだけのことです。ここで取引について区別する必要がある2つの形態があります。それは「現金取引」と「掛取引」です。

「現金取引」は太古の時代からある物々交換だと思えばよいでしょう。海で魚を釣ってきた海幸人が畑で大根を収穫した山幸人とそれぞれの食材を交換すればこれが取引です。その取引は交換をした時点で完結しています。現代では物ではなくお金と交換するようになっただけで本質は同じで、とてもわかりやすい取引の形態です。取引が終わった後はお互いに二度と会わなくてもお互いに貸し借りは残りません。

それに対して「掛取引」は、先ほど説明した「売掛」あるいは「買掛」で取引がはじまり、その代金を後で回収して取引が終わるまでのことを表す言葉です。現金取引はその場で完結しますが、掛取引は一定の期間を要するという点が違います。ITエンジニアであれば、データベースに単発で更新をかける場合と、トランザクションを開始して完結するか否かでコミット、あるいはロールバックする流れだと考えるとわかりやすいでしょう。

なぜ「掛け」というのかわかりませんが、恐らく「売掛」あるいは「買掛」は商品を引き渡しただけの状態でまだ代金を回収していない状態のときに発生する言葉なので、「~しかけている状態」という意味合いがあると思います。また、掛け取引のことを「ツケ」と呼んだりします。お勘定の時に「ツケといてねー」というのは後払いにしてねという意味です。もちろん、一見の客ではこのようなことはできませんので「信用取引」という概念が発生します。信用取引については国際貿易などにも関わってくるものですがここでは触れません。

現金取引なら簡単なのになぜ「掛取引」が必要なのでしょうか。経理を学び始めたばかりの人は、ややこしい取引や用語を覚えるのが面倒で、いっそ世の中から「掛取引」なんか無ければよかったのに、と思うかもしれません。しかしそれは必要があるから発生した取引です。

私の父は魚市場で働いていたことがあり、私も魚河岸に連れて行ってもらったり仲買人と知り合いになったりしました。河岸の朝は大忙しです。多くの得意先が海産物を仕入れてそれらを急いで自分の店舗に運び込んで商品として店に並べなければならないので一刻の猶予もありません。そんなときに、仲買人との間で金額を計算して現金で精算したりお釣りを渡したりなどと時間をかけてはいられません。お勘定に10分も20分もかけていたら仲買人も仕入に来た魚屋もお客に逃げられます。だから仲買人は誰が何を買ったかだけを簡単にメモしておいて、あとでまとめて請求するわけです。

サザエさんにも三河屋のサブちゃんという御用聞きが出てきます。店でものを売るのではなく、勝手口から入ってきて台所にいるサザエさんから注文を聞いて後でそれを届けてくれるのですが、お勘定はこの時にするのではなく月末で締めて合計金額を支払うわけです。これも典型的な掛け売りです。

くどいかもしれませんが、コストで説明するとこうなります。必要なものを品定めして注文するコストを5、お勘定をするコストを2とすると、月に20回取引が発生すると5×20+2×20=140となります。これをお勘定は月に1回にした場合は5×20+2=102となりますね。決裁にかかるコストを圧縮できるわけです。

もちろん、回収できない場合も発生します。簡単に言うと買い手側がその支払いを実行しないということです。お金が無くて支払えないのか、最初から踏み倒すつもりの詐欺なのか、色々と理由はあるでしょうが、その場合はロールバックが発生します。商品を返してもらうこともあるでしょうが、生鮮食品などはそうはいきません。とことん取り立てるか、債権をサービサーに売るか、貸倒処理するか、などなどです。

江戸時代はこの「掛取引」が一般的だったそうです。容易に想像がつきますが、買い物に行くのにいちいち現金を持ち歩くのは物騒ですし、100文の味噌を買うのに1両を持って行ってもお釣りがありません。またその辺にATMや両替屋があるわけでもないので、掛け売りは便利な仕組みだったのです

江戸時代の集金のタイミングはお盆と暮れだそうです。今の様に月単位で精算するのは、相手先に出向いて回収するこの時代においては労力がかかりすぎたのでしょう。しかしそのために問題も起こります。半年も「ツケ」がたまると結構な金額になりますから、その日暮らし的な江戸の庶民からすると、特に「宵越しの金は持たない」などと嘯く江戸っ子にとっては盆暮れに高額な支払いを取り立てに来る相手に恐怖を感じたことでしょう。そこに人間ドラマが起こるわけで、「大晦日箱提灯は怖くなし」という川柳もあるそうです。これは、武士が提灯を掲げて歩いている様子、つまり暗い中を刃物を持ち歩いている物騒な奴という意味ですが、そんな武士よりも取り立て人の方が恐ろしいということです。この取り立て人とそれを何とかして踏み倒す、あるいは次の半年後まで支払を猶予してもらおうとする町人とのやりとりはおもしろおかしい落語のネタにもなっています。

冒頭の話に戻りますが、盆と暮れ、売掛と買掛、売り手と買い手、それぞれの立場で言い方も捉え方も変わるわけです。暮れにボーナスをもらう人はワクワクしているかもしれませんが、ボーナスを支払わなければならない会社の経営者は、いつもその時期になると憂鬱になったりするわけです。

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