私が比叡山にいたときにしばしばお目にかかった酒井雄哉阿闍梨が23日に遷化され(亡くなり)ました。享年87歳、もうそんなお年だったのかと新聞記事を見て思いました。 私が酒井師に初めて会ったのは1977年(昭和52年)頃、私の師匠の内海俊照阿闍梨が千日回峰行を行っていたときです。私もときどき師匠の回峰行にお供していました。夜中2時頃に寺を出発し、比叡山の嶺峰を回って朝6時くらいに戻ってきます。

もうあと10分ほどで自坊に戻るという場所、明王堂のちょっと手前のところに、まっすぐ行けば無堂寺谷という自坊がある方面へ向かう道と、弁天堂という場所へ向かう分かれ道のところで、よく酒井さんに出会いました。(当時は「酒井さん」と呼んでいたので、ここでも相表記します。) 酒井さんも当時回峰行をなさっており、この場所で何となく合流するような感じでした。

 

毎日新聞 毎日jpより

 

よく覚えているのは、酒井さんが連れていた愛犬、名前は忘れましたが柴犬くらいの大きさでとても賢くいつも酒井さんの回峰について回っていたので、回峰のお供をする「回峰犬」として知られていました。

当時私の師匠内海俊照阿闍梨はまだ30代半ば、まだ若い分だけ血の気も多く、小僧たちは年中叱られ怒鳴られどつかれで、いつもピリピリしていました。それに対して酒井さんは50年配のとても穏和なその辺のおじさんという感じで、「自分もこんな優しそうな師匠の方が良かったな」などと思ったものでした。

この分かれ道のところで、酒井さんと私の師匠とが結構長い時間立ち話をしているのを傍らでじっと待っていたものです。酒井さんは犬を侍らし、師匠は私を侍らし、犬も私もお互いに師匠の世間話が終わるのをじっと待つという体で、なんとなくこの犬との間に似たもの同士的な境遇を感じました。

その後、酒井さんは私の師匠が満行した翌年1980年(昭和55年)に千日回峰行を満行しますが、そのときでさえかなり年齢がいっているにもかかわらず、さらに二千日目の回峰行に挑み、60歳にして満行します。千日回峰行を2回行った人は、1000年を超える比叡山の歴史の中でも3人しかいないそうです。

私が比叡山から帰ってきてからは一度もお目にかかりませんでしたが、その後もあちら方面へ行くとよく酒井さんのことは耳にしましたので、そのうちお会いしたいものだと思っているうちにそれもかなわなくなりました。ご冥福をお祈りいたします。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。


*

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

Scroll to Top