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iPad

【2010年5月31日の朝礼でのスピーチより】

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2010年5月28日は日本でこれまで発売延期になっていたiPadが売り出される日です。
iPadに興味はありましたが、あわてて買う必要もないのでいずれ手に入れられればと思っていたので予約もしないでいたのですが、急に仕事で必要となり購入しなければならなくなりました。

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その時点ですでに27日、発売の前日となっていました。夕飯を食べながらカミさんに、明日からiPadが発売となるので、町でたまたま売っているのを見たら購入しておいてと伝えておきました。

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翌28日、昼過ぎにカミさんから電話が来ました。「池袋のヤマダ電機で売ってるよ」とのこと。人は並んでいるけれどもせいぜい20人程度で、店員に聞いて
も手続きに30分くらいかかるが入手は可能だという話。続いて送られてきた写メールには、iPadのWi-Fi、3Gの全種類で在庫がありますとの店の看
板が映っていました。「なんだ、いつでも買えそうだし慌てることはないな」と思い、どの機種にするかも決めていなかったのとカミさんに任せて話がややこし
くなるのも嫌なので明日でいいやと買わずに置きました。テレビで派手に行列が映し出されていましたが、やらせだったのかなと感じていました。

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翌29日、11時ころに子供を連れてのんびりと大井町駅前のヤマダ電機に散歩がてらに出かけたところ、iPad売り場はなにやら閑散とした様子。店員に聞
くとすでに在庫はなく、予約なら受け付けるという。予約すると次回入荷はいつごろ?と聞くと、「7月になります」との答え。「しまった!」。やっぱり品薄
だった。やっぱりあの人気はやらせではなく、昨日のうちに在庫が完売してしまったようです。こうなると、昨日のうちにカミさんに買っておいてもらえばよ
かったと急に後悔し始めます。

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さて、無いものは無いでしょうがない、あきらめようと思いましたが、そう思いつつもどこかで売っていないかとネットを検索しましたが、どうもこれという情
報はありません。この日は、間近に迫った自宅の引越しのために川崎のニトリに行くことになっていたので、途中で川崎駅前の家電量販店をのぞいてみることに
しました。川崎ラゾーナ内にあるビックカメラでは既に売り切れですと言われ、そのままヨドバシへ。売り場に行くと店員が、「3Gなら多少在庫はあります」
とのこと。ちょっと心が動いたが、3GタイプにはWi-Fi機能が無いので、電話契約を解除したらネットワークが使えなくなるということで断念。店員さん
も、皆さんそういうことでWi-Fiをご希望なのでどうしてもWi-Fiの方が品薄ですと教えてくれました。

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カミさんと子供を連れてニトリへ。すると、店の隣にケーズデンキが新規オープンしているではありませんか。これぞまさに天の配剤。昨日ネットで調べたとき
に、iPad取り扱いの量販店の中にケーズデンキも含まれていたことを思い出しました。これこそ穴場と思い、子供を連れて店内へ。新規オープンの目玉商品
などには目もくれず、一目散にPC売り場へ行くものの、そこには「当店ではiPadの取り扱いはしておりません。」との看板が貼られておりました。がっか
りしながらもオープン記念のスタンプラリーで店内を子供と一緒に回り、おもちゃと風船をもらって子供だけは大喜びでした。癪なので目玉商品のワゴンを見渡すと、2GのUSBメモリが500円程度で売られており、おひとり様1つ限りと書かれていたのできっと安いのだろうと思い、1つ購入して一応戦利品を獲得
しました。

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30日の日曜日、長女が合唱の発表会の日なので、朝9時半に五反田へ連れて行かなければなりません。彼女はリハーサルがあるので私はいったん家に戻ること
にしていました。渋谷息のバスに乗れば10分程度で着く距離ですが、今日は荏原神社のお祭りでバスはいつものルートを迂回して運行しています。カミさんが
言うには仙台坂のバス停に臨時停車するはずだからということで、バスを待ちましたがそれが間違いで乗りそびれ、時間が無いのでタクシーで連れて行きまし
た。どうもバスがいつも通りではないので、どうやって帰ろうかと思案、JRを使えば今からだと大井町に丁度10時ころ、つまりヤマダ電機のオープン時間に着きそうです。なので、もう一度店をのぞいて予約だけでもすべえと電車に乗りました。

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駅前のヤマダ電機はオープン直後でまだ客もまばら、4階のPC売り場でiPadの窓口へ向かいます。店員に、予約したいけれど、予約した後でたまたまどこ
かの店で売っているのを見つけて購入しちゃった場合、キャンセルは効くのかどうか尋ねました。この時点で私の頭は予約のことしかありませんでした。しかし、店員がどの機種をご希望ですか?と聞くので、Wi-Fiの16Gですけど。と答えながら、「ああ、Wi-Fiは品薄でして、”今年中”は難しいです
ね」とかいうのではないかと予想していたら、意外な答えが。「丁度先ほどご予約のお客様からキャンセルが入りまして、1台でしたらご用意できます」とのこと。

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「Wi-Fiの場合でも本人確認など登録作業が必要でして、お待ちになっているお客さまもいらっしゃいますので30分から1時間ほどお時間がかかると思い
ますがよろしいでしょうか?」と聞かれましたが、今日中に手に入るのなら何も依存はありません。即座に「お願いします。」と答えました。

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こうして、ようやくというか、すんなりiPadが入手できたわけですが、その手続きにはちょっと疑問を感じます。やたらと同意事項の確認が多く、サインや
運転免許証などによる本人確認が必要で、30分くらいかかってしまいます。もちろん、3Gタイプならば携帯電話の購入と同じことなので、それなりに時間が
かかるのは分かりますが、Wi-Fiならば買い物かごに入れてレジで代金を払って終わりでよいと思うのですが。

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これらの持って回った面倒な手続きは、なんだかApple教に入信し、スティーブジョブズを教祖として崇めますかという誓約を、聖書に手を載せながら宣誓
させられているような気分でした。厳かな儀式を行い、「お前は世界を変えるツールを使う準備ができているのか」?、「そのありがたみを理解し、感謝してい
ますか?」、「ならば汝にこれを与えよう(売ってやろう)」と言われているようでした。

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もしかすると、このように手続きに時間をかけることによりiPadを求める人の行列がいつまでも続くことで宣伝効果を狙っているのではと勘繰りたくなりま
す。Windows95の発売の時(古い話ですが)に、こんなことをやっていたら大変なことになっていたでしょうが、AppleはiPadをコーンフレー
クのようにかごに入れてさっさと持ち帰られるのを避けたいようです。

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家に帰ってなんとなく勘で家のPCにUSB接続して使い始めようと思いましたが、iTunesでApple
IDを登録しないといけないようです。登録には自分のメールアドレスを使うのですが、個人利用の場合はいいでしょうが、私の場合は会社で使うので困りまし
た。自分のメールアドレスを入力するとそれはすでに登録されていますとなる。そこでそのまま自分のアカウントで登録を進めると、自分のPCのiTunes
コンテンツがiPadに同期され始めました。志ん生師匠の名演がそのまま会社で使うiPadに入っていくのを見て「ああ、やめて」と思いましたが、どうや
ればまっさらなIDで利用し始められるのかわかりません。

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iPad、電源を入れた後どうやってスタートするのかまったくわかりませんでした。画面は表示されるものの、下の方にあるボタンアイコンを押してもウンと
もスンとも言わず、しばらくするとスリープしてしまいます。翌日、会社でMac使いに教えてもらってガックリ。そのボタンは押すのではなく横にスライドす
るのでした。Macを使っていない人間からするとこんなことでも悩みます。

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クラウドのリーダーの講演

【2010年5月24日の朝礼でのスピーチより】

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2010年、5月12日、クラウドコンピューティングEXPOの基調講演を聞きに行ってきました。前半の1時間が、セールスフォース・ドットコムCEOの
マーク・ベニオフ氏、後半の1時間がマイクロソフトバイスプレジデントのキリル・タタリノフ氏という、興味深い組み合わせでした。会場は主催者が「予想を
超える2千人が申し込みがあった」というだけあって、大入り満員という様相でした。

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参加者の様子からすると、やはり旬のSFDCの方を目当てに聞きに来たという人が多いようで、前半のSFDCの講演中はほとんど途中退席する人はいませんでしたが、後半のMSの講演になると席を立つ人がちらほらと見えました。

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講演の内容的には、やはり新興勢力でありチャレンジャーであるSFDCの方がパンチがきいていたように思います。次の講演者であるキリル・タタリノフ氏が
すぐそばにいるはずなのに、随所にMSのネガティブメッセージがちりばめられており、本人を目の前にして大丈夫なのかとはらはらするような場面がありまし
た。

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SFDCサイドはMSに対して、過去にこだわりすぎている、到来しているパラダイムシフトが見えておらず、いまだにソフトウェアを売ろうとしている、株式
の時価総額がアップ理に抜かれようとしているのは、投資家からも将来が無いとみられている証左、などと言いたい放題でした。

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対するMSも負けておらず反撃をしていましたが、面白かったのは「15年前にも同じことを言われたことがある、その時の相手はスコット・マクネリ氏であっ
た。彼の会社はSun
Microsystemsというワークステーションのトップ企業でしたが、今はその会社はどうなっているでしょうか?」という返し文句。確かにSFDCに
も同じような結末が訪れるかもしれないと思わせる説得力を感じました。

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しかし、プレゼンの内容は総じてSFDCが優勢だったように思います。両社とも日本のユーザ企業をゲストとして登壇させ事例の紹介などをしていましたが、
MS側は今一つクラウドというテーマとの結びつきが弱かったように思います。特に、実例の紹介でデジカメ写真をサーバにアップしてデジタルフォトフレーム
でスライドショーを見せるというデモは、ビジネスユーザが集まっている会場にはあまりふさわしくなく、その分、最後に持ってきたDynamics
CRMの説明が手薄になったように感じられたのが残念。

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SFDC側も、人形町の料亭の女将を連れてきたのはちょっと行きすぎか。利用し始めてまだ2カ月ということと、最大の効果が2拠点で情報を共有できたという、「クラウドでなくてもいいじゃん」と思わせるような感想は、ちょっと聞いていてつらかったです。

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MS側は余裕なのか、あまりテーマが明確でなく、特に前半は概論的な話が中心となり退屈で、この辺りから席を立つ人が増え始めました。観客は正直です。ま
た、ユーザ事例で持ってきた印刷会社のソリューションも、なぜAzuru上にシステムを構築したのかという点が全く伝わらず、聞いていて面白くありません
でした。

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一つSFDCが重要な発言をしました。少なくとも私にはそう感じられました。それは、日本にもデータセンターを設置するということです。さらりと言ったの
ですが、これはクラウドという性質上、サーバの所在などは本来公にするようなことではないのですが、米国にサーバがあるというとどうしても政府の監査を受
けるリスクがあるという、政治的な要因から、苦しいけれども妥協したという感じがしました。

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新しいものは良い、古いものは消えていくという自然の流れから、MSは守旧派的にとらえられがちですが、それだけでSFDCがMSに勝てるとは思いませ
ん。実際に今回のプレゼンでも、SFDCは単独で勝負するよりも何かと「AppleはMSを凌駕しようとしている」と、他社の力を借りた論調でした。どう
してもSFDCはCRMという1アプリケーションを武器としているわけで、MSと比較して絶対的な層の薄さが厳しいところでしょう。MSばかり見ている
と、今度は足元から競合が襲いかかってくるでしょうし、まだ先行きはどうなるかわかりません。

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会社のコンセプト

【2010年5月17日の朝礼でのスピーチより】

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「コンセプト」という言葉がよくつかわれますが、その意味は結構あいまいです。私はビジネススクールで「だれに何をどのように(ユニークなものを)提供するのか」がと教わりました。これはマーケティング上の意味としてです。

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今、日本型経営は大きな転換期に来ているといえます。これまでの終身雇用、年功序列、日本型家族経営、悪く言えば村社会的経営から、世界標準のグローバル
スタンダードに合わせなければという風潮がなんとなく形成されていますね。世界標準とかグローバルスタンダードというと、なんとなく正しい、カッコいい、
だから、みんなこぞってそれに合わせなければという流れになっているような感じがします。

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日本人はこのように他者にあるいは他力によって規定づけられるのが好きな民族のようです。日本国憲法も戦勝国が作成したものですがそれゆえに自分たちでな
かなか変更することができない。60年たってもこの憲法を守り続けていることを聞いた当時の日本国憲法の起草者の一人が「まだ使っているのか」と驚いたそ
うです。だからでしょうか、何か事を起こすときに最初にルールを決めたがる傾向があります。

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ここでちょっと考えたいのは、「週休二日制は本当に日本を幸せにしたか」ということです。週休二日制が一般的になってきたのは、1980年代ころだと記憶
していますが、まずは大企業が導入し続いて中小企業もそれに倣うように導入が進みました。しかし、多くの中小企業は大企業の下請けで成り立っているのであ
り、その下請け企業が「大企業と同じように週休二日にしてしまっては仕事がこなせない」というのは多くの経営者の意見でした。しかし、平成9年4月から週
40時間労働が労働基準法で定められ、中小企業もそれに従わなくてはならなくなりました。

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私が就職したのは昭和57年(1982年)でしたが、その時入社した会社はすでに週休二日となっていました。当時は週休二日であることが単純に休みが多くていいなと思った程度でした。働く側としては、休みは多い方がいいし、給料は高い方がいいに越したことはないでしょう。

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しかし、マクロ的に日本の製造業が週休二日でどうなったかを検討しなければならないでしょう。世の中に3Kという言葉がはやり、製造業を含む、社会を支え
る様々な職種がこの3Kという烙印を押されました。きつい、汚い、危険という安直な語呂合わせで、そういった職場を敬遠する若い人が増えていきました。製
造業を営む中小企業は、これも流行語となった「時短」に加えて3Kというネガティブキャンペーンで採用難に陥り、多くの町工場が姿を消しました。

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いま製造の底辺を支えているのは中国や東アジアなどの新興国ですが、日本はすっかりそのお株を奪われた格好です。それらの国では、日本から流出した技術を使って経済的に急速に台頭してきています。

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このような事態を招いた一つの要因として週休二日および時短があるのではないでしょうか。バブル前の日本では、GDPで世界2位となりアメリカの背中も見
えてきたところです。敗戦により灰燼に帰した国がそのご2、30年でそのような経済大国にのし上がってきたことに欧米は脅威を感じます。そして日本の経済
力をスポイルするためにいろいろな圧力がかけられ、スーパー401条に象徴される通商問題や、いまテーマにしている週休二日も半ばむりやりに押し付けられ
てしまったようです。

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その当時の日本は、エコノミックアニマルだとか、働きアリだとか言われて欧米先進国から非難されました。ヨーロッパではバカンスを1カ月も取るのに日本は
ろくに休みも取らないから文化水準が低いといったマスコミ報道が多くあったように思います。そしてGDP2位になったのだからもうそんなに働かなくていい
んだよという欧米の圧力に屈してしまったために、日本の経済力の底力が失われていったように思います。

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もともと日本人は勤勉で、自分の受け持ち以外の仕事でも進んでやろうという気質を持っていました。世界でも特異な独自の文化を持つ日本が、休みを取らない
から文化が低いなどと外国から言われる筋合いはないのですが、よそからの意見の弱い日本の特質を巧みに突いた欧米諸国にまんまと乗せられてしまったようで
す。

アメリカや欧州でも、一線で働くビジネスマンは非常に長時間働くそうです。そしてもちろん、その分給与も高い。夏の長期バカンスは、昼飯も仕事しながらサ
ンドイッチで済ますビジネスマンがリフレッシュするために行うものだから、行った先では何もしないのが最高のぜいたくとなるのでしょう。

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これをただ単に仕事時間だけ削ったら競争力が落ちるのは当然で、日本の国力も減速していきます。労働者が仕事時間を削ったら当然ながら賃金も下がるに決
まっています。週休二日になったからと言っても、休みの日は家でテレビを見てごろごろしているかパチンコに行くしかないようでは何のための休みなのでしょ
うか。

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週休二日を否定するわけではまったくありませんが、どれだけ休むか、どれだけ働くかはその職種や会社のコンセプトにより異なっているのが当然だと思います。それをなんでも一律にルールを決めてしまうのが日本の悪い特徴です。

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さて、グローバルスタンダードということで企業価値、時価総額などといった言葉が普通に紙面を飾るようになりました。日本の多くの企業が、グローバルスタンダードということで単年度の決算書を重視し、近視眼的になってきています。
終身雇用、長期にわたる研究開発(R&D)といったものを嫌い、派遣社員の雇用拡大、土地などの資産の分離(スプリットオフ)、株価を操るためのハッタリ的な事業計画やM&Aが増えてきています。

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日本には古くから生業というものがあります。お菓子のメーカーでも江戸時代から続いているお店が少なくありません。アメリカの建国は1776年ですが、三井家が商売を始めたのは江戸初期ですから、それよりも100年以上も古いことになります。

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最近はやたらと、会社は株主のものであり、利益を上げる会社が良い会社であるという単純な捕えられ方をしているような気がします。ようは株価が上がれば勝
ちというような単純なマネーゲームとして会社が捉えられています。これは大航海時代にヨーロッパでひと儲けしようと考えた人たちが資本を出し合い、船を仕
立てて船長を雇い、いかに遠い国から自分たちの国で高く売れる、つまり付加価値の高い品物を獲得(分捕りも含めて)してくるかというビジネスを行ったのが
会社の起こりだからでしょう。つまり、ここでは会社のコンセプトは、「株主のためにいかに少ない資本とリスクで高いリターンを得るか」ということになりま
す。もちろん、儲けるために始めたビジネスはこれでよいでしょうが、現存するすべての会社が同じコンセプトであるはずがありません。

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日本では会社にしても個人商店にしても、地元のために貢献するということを目的とした商売もたくさんあります。たとえば日本橋あたりの老舗では、長い間地
元で商売をさせてもらっていることに感謝し、地元の人々に喜んでもらえる商品を提供することが自分たちの喜びであると考えているそうです。農家では、先祖
から受け継いだ土地を守りながら、質の良いコメや穀物を作ることに生きがいを感じている人もいます。そうした人々にとって、企業価値だの株価だのは関係の
ない話です。

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最近は上場しましたが出光興産は長くプライベートカンパニーで、創業者の出光佐三は生涯一度も社員を首にしたことがないという家族経営主義の人でした。
YKK、サントリー、竹中工務店なども上場はしていません。日本独自の価値観に根ざした企業というものがあってしかるべきと考えます。

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日本はもともと多神教で、多様な文化を受け入れる度量を持った民族ですから、西欧のグローバリズムを受け入れつつも、独自の価値観や伝統、歴史といったも
のを大切にして日本独自の企業の育て方をしてほしいと思います。倫理観に欠ける企業や明らかに法を犯すような企業は許してはなりませんが、人も色々、会社
も色々でよいのではないでしょうか。

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物質的豊かさ

【2010年5月10日の朝礼でのスピーチより】

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休日に子供二人はプールに通っているがまだ小学生と幼稚園生なので親も同伴しなければならない。その帰り、途中で昼食を取ろうとして妻が子供たちに聞く。
「何が食べたい?」。上の子は「何でもいい」、下の子は「カレーがいい」、しかし妻は「カレーは食べたくない」。最初から駅前の富士そばにでも連れていけばよいのだが、なまじ「何が食べたいか」などと聞くから話がまとまらなくなる。

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仕方なく、駅ビルにある家族亭のそばランチならおもちゃをつけくれるので、おもちゃで釣ってそこへ連れていく。これでコストは富士そばの倍となる。

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店は昼時なので混んでいるのでテーブルに着くまでしばらく並ばされてしまう。ようやく席に着くと子供たちはがっつくようにおもちゃを選ぶが、すぐにこれはつまらないだの、あれが無いだのと文句を言い始める。わざわざここまで遠回りして、私の両手は子供たちのために図書館で借りてきた20冊の本の重さでしび
れている。おもちゃに対する興味はそれを選び終わった時点でおしまい。こんなものである。

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子供用のそばランチにはフルーツポンチが付いている。上の子が全部平らげたので、下の子が残したフルーツポンチを「頑張って○○ちゃんの分も食べて」と妻が言うと、上の子は、「もう食べたくない」という。「どうして、フルーツポンチは大好きでしょ、給食でもいつも喜んで食べるじゃない」と妻。すると、「で
も給食で出るフルーツポンチとは果物の味が違うからいやだ」という。

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いまどきの給食は、全国にチェーン展開している有名そば店のものよりよほどおいしいらしい、ぜいたくな話である。私が子供のころの給食というのは、栄養価
のことが最優先で味などは二の次だったし、子供が生意気にこれはおいしいだのまずいだのというと、親からひどく叱られたように思う。

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それにしても、私が小学生だった昭和40年代の学校給食はひどかった。牛乳などはどうにもかび臭いことがままあり、給食当番として残飯をかたづける際に飲
みかけで残された牛乳を流しに捨てる時にその色に驚いたことがある。当時、まだガラス瓶から三角パックに移行したばかりのころだった。それまでのガラス瓶
とは違い、普段中の色は見ることができない。その三角パックをギュッと押しつぶしながら細い飲み口から飛び出す牛乳の色を見ると、ひどく黒ずんでいたので
ある。腐っていたのかカビが混入していたのか知らないが、当時はそんなことがあっても別に問題にもされなかった。

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ある日、給食のおかずにトン汁が出た時のこと。トン汁をよそっていた男子生徒が突然叫び声をあげ、それと同時に女子生徒の悲鳴が聞こえた。よそわれた女子生徒のスープ皿の中を見ると、長さ2~3cmくらいの毛がびっしりと生えた豚肉の塊が転がっていた。

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人生で初めての給食でこんな牛乳が出てきたら、その人は二度と牛乳が飲めなくなるかもしれない。また、トン汁を見るたびに豚の外形が目に浮かんで食欲が0になってしまうかもしれない。

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私は酒飲みなのでホヤが好きであるが、人によってはあんなもの見るのもいやだという人がいる。話を聞くと、どうも初めて食べたホヤがたまたま鮮度が悪く
なっていて、その強烈なえぐ味がトラウマとなってしまっているのが原因だったりする。あれは確かにちょっとでも古くなるとものすごくきついにおいを発す
る。新鮮なホヤの味を知っている人ならば、そんなものには手を出さない。しかし、それが初めての人にとっては、古くて強烈なにおいがしても、それがホヤと
いうものだと信じて口に入れてしまうという不幸に見舞われるのである。以前に北海道電力の仕事で釧路に出張に行った時、北電の人たちと海沿いのちょっと
しゃれたお店で飲み会が催された。そこで、私の好物のホヤが出たのだが、食べようと鼻先に持ってきたときにどうも嫌なにおいがした。そこで、地元北電の人
に「これ大丈夫でしょうか」と聞くと、そのにおいをかぐなり、「うわ、これはだめっしょ」と顔をしかめた。元の味を知っていることはとても大切である。

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とにかく、自分が子供のころに比べて今の子供たちは恵まれてはいる。毎日のように外食だし、親は「何が食べたい?」とお伺いを立ててくれる。ステーキだ寿
司だ焼き肉だというのは当たり前で、もはや何を食べても何の喜びも見られない。こんなことでよいのだろうか。そして、いくら衣食住に恵まれていても我々の
子供のころよりも幸せかというとそうは見えない。昭和30年代、40年代の子供たちは、毎日ステーキが食べられたらどれだけ幸せかということを夢見てい
た。しかしそれが現実となった今の子供たちにはなんの感動も見られない。

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これは、今の子供たちに非があるわけではない。誰だって、生まれてきたときからもともと備わっているものに対して、いちいちありがたいなどとは思わない。
先天的に(アプリオリというらしい)備わっているものには感謝の念を感じないのは、普段我々が吸っている空気や蛇口をひねれば出てくる水に対して、それを
当たり前と感じ、ことさら感謝しないのと同じである。

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だから、我々大人が子供にしてやれることは、自分が子供だったときにこれが欲しかった、あれが食べたかったというようなものを子供に与えることではない。
普段は気がつかない多くの事物に対して、それらを得ることがどれだけ大変なのか、それらを失うことがどれだけつらいことなのかを身をもって知る機会を与え
ることなのではなかろうか。

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私が子供のころの給食はひどかったという話をしたが、それだって、戦争中の飢餓を経験した人からは罰あたりと怒られるだろう。しかし、世の中が進化してい
くら物質的に豊かになっても、人の幸福感はあまり変化していないのではないだろうか。これだけ豊かになっても毎年自分で自分の命を絶つ人が毎年3万人もい
るのである。早い話が、物質的なものをいくら追い求めても幸せにはなれないということである。今あるものに感謝する、今の状態を作ってくれた人々に感謝す
るという謙虚な気持ちがなければ、人は幸福にはなれないのではないだろうか。

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あれが欲しいこれが欲しい、時間が足りない、金が足りないと不平不満ばかり言っている人には、真の幸福は訪れない。

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休み

憲法記念日のため、マンデースピーチはお休みです。

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