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中国出張(福建)の印象 2/2

レストラン
中華レストランのパターンとして、入口付近にいけすがあり海鮮つまり魚介類がたくさん陳列されていて、客は自由にこれらを選んで調理してもらうのが一般的。
莆田では毎日中華レストランで食事したが、すべてがこのパターン。面白いのは、個室の構造。広くて豪華な個室には回転テーブルがあるのは当たり前だが、店員が準備をする間待つためのソファが必ずしつらえてある。そこには大型液晶テレビがあり、食事の準備ができるまでお茶を飲んで待つこともできるし。カラオケやマージャンもできるような感じになっている。さらには、個室には必ずトイレが付いていて、なぜかバス(風呂)もついていたりする。帰りの日にアモイで食事したが、こちらはさすがにそこまで広くはなかったので、土地の価格に応じて広さも変わるのだろう。
いけすに並んだ海鮮

たん吐き
よく中国人はどこでもたんを吐くといわれるが、確かにそういう場面をしょっちゅう見かけるので、当たり前の習慣らしい。さすがにホテルロビーとかではやる人はいないが、ロビーから別館への通路などでは平気でやっている。どうも屋根のないところや外と接しているような場所はやってもよい場所と認識しているようだ。また、道端で子供に小便をさせるということも当たり前らしく、中国のディズニーランドではこれも問題となっているようだ。今回も夕食を食べにレストランへ行くと、入口の前で平気で子供を抱えて小便させている母親を見つけた。日本なら、食事を出す店の前でこんなことをしたら店主が怒るだろうが、あちらでは誰も何とも思わない。私はこれを見ても今回は驚かなかった。なぜなら、ついこの間東京の蒲田駅の前で側溝の雨水の流れ込む格子状の網のあるところ(あれをなんというのでしょうか)で同様にして小便をさせている母親を見たからだ。人目の付かない道端ならまだしも、大勢の乗降客が行きかう通りの真ん中で平気でやっていたのでこの時は面食らった。当人はおそらく日本人ではないであろう、ある意味、蒲田も国際化しているといえるかもしれない。
取引先企業の入っているビルで打ち合わせを行った。会議室はさほど大きくなかったがなぜか部屋の中にバスルームがあり、トイレと風呂が付いている。打ち合わせ中、タンの絡まったあちらの人が「カーッ」と喉を鳴らし、このバスルームのトイレにタンを吐いた。なるほど、タンつぼとの兼用で部屋にトイレが用意してあるのかと合点が行った。

マッサージ
今回の滞在先で大変気に入ったのが現地のマッサージ。ホテルの部屋にチラシが置いてあり、見るとなんとなくいかがわしい雰囲気が漂っていたが、価格があまりに安いので試しに呼んでみた。これが2時間みっちりと足裏マッサージと肩腰など全身をやってくれてたったの110元つまり1500円くらいである。日本だと60分で6000円くらいが相場であろう。もちろん中国でも上海、北京などでは日本並みだと思うが、やはり地方に行くとがぜん物価が安くなる。
マッサージをしてくれたのは今風の若い女の子だったが、見かけによらず力も強く揉み方もうまかった。肩をギュッとやられたときは思わずイタタッと叫ぶくらいだった。おかげで冬になると痛くなる頭と首の付け根の部分の痛みが解消された。もちろん翌日も同じ人を指名してマッサージしてもらった。

アモイの電動自転車
最終日に宿泊したアモイは、有名な観光地だけあって莆田に比べるとかなり都会である。信号機もちゃんとあるしカルフールなどの Shopping Mallもある。街を歩いていると音もなくバイクが通り過ぎていく。よく見ると電動機付き原チャリである。こいつが街中のあちこちを走っている。中国も意外にエコロジーに気を使っているのだろうか。日本ではあまり紹介されない光景である。

目的を達する速度
世界的経済危機を迎え中国の経済発展も鈍化しているようだが、それはすでに大きな発展を遂げた北京、上海、大連、深圳などであり、元々発展途上にいた地方都市はまだまだ元気なのではないだろうか。今回、莆田市を訪れてそう感じた。
中国人は列に並ばない、車も人も我先に突き進む、自己主張が激しい、などと言われるしそれは確かにその通りである。つまり無秩序と混沌とした国である。しかし、何かの目的を達するためには、秩序などよりも大勢で思い思いに行動する方が早いのも事実である。そのために多くの物や人が犠牲にもなるが、マクロ的に見たらこれが一番手っ取り早い。何度も失敗し、犠牲を払い、後戻りすることもあるだろうが、圧倒的多数の人間が強烈な欲望と動機付けをもって行動すると、それはものすごい力となるのである。

話は多少飛躍するが、胎児が母の胎内で育つ過程では創造だけが起こるわけではない。例えば手のひらは最初は団扇のようにすべての指がつながっており、魚のヒレのようになっている。いや元々はるか昔はヒレだったのだろう。それが成長する過程のある時期に指と指の間の細胞が死滅し指が1本1本独立した形状になっていく。つまり破壊も成長の過程で重要な役割を果たすということである。なんだか人の歴史のような不思議な共通点を感じる。

政府が強力な権限を持ち、人民には情報や行動などに大きな制約を課せられる国がよいとは思わないが、民主化された先進国では考えもつかないスピードで発展していくことができるのは、国としての強みである。日本と中国を比較すると、(現代の)中国は実利主義、個人主義であるのに対し、日本は世間や倫理感を大切にし、上下(浄と汚)を厳格に分離する隠す文化(恥の文化)であるように感ずる。心の中に恥をわきまえる気持ちを持ちつつ、ビジネスではタフに行動できることが日本のビジネスマンに必要だと思う。

最後になるが、一人ひとりが活力に満ち、街全体が活気を帯びた中国の地方都市を訪れて、なんだか元気をもらって帰ってきた気がした今回の出張であった。

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中国出張(福建)の印象 1/2

2008年12月14日から19日まで1週間ほど中国福建省に出張してきたので、その話をしよう。中国はこれまでにも2度訪れていて、今回は3回目の訪問。1回目は上海~青島、2回目は香港~東莞~深圳などを回ったが、今回の訪問先は本ではあまりなじみのない土地で、行ってみてもほとんど外国人は見受けられなかった。

◎中国の蒲田
出張先はアモイから車で2時間ほどの莆田市という場所。一緒に行った商社の方はウラタと発音していたがWikipediaで調べると日本語では「ホデン」と読むらしい。漢字の「莆」は日本にはない漢字なのでなんと発音すべきか悩む。住所としては「福建省莆田市」となる。宿泊先のホテルのガイドブックで知ったが、この地は以前には「蒲田市」と呼ばれていたらしい。おそらく漢字が略されて莆田になったのであろう。そう思うと、日本の蒲田を拠点とする私としても急に親近感がわいてきたのである。町の猥雑な感じもなんとなく懐かしい感じがする。
場所は海の向こうに台湾が見えるような場所なので暖かいはずだと思ったが、さすがに12月下旬なので結構肌寒く感じた。それでも日中はコートはいらない陽気である。

◎街の様子
莆田という街(正確には市)は観光地ではないので外国人の姿がほとんどない。大変に賑やかで活気にあふれている感じ。思ったより近代化しており、きれいなビルも目立つ。ただ、そこに至るまでの道すがらはかなり古い建物もあり昔風の中国を感じさせる村もたくさん見かけた。また、幹線道路沿いにはたくさんの石仏などが並んでいたりして、石材の産業が発展していると思われる。

莆田でも、最終日に宿泊したアモイでも同様だが、道に面した雑居ビルの1階部分はたいがい店舗や工場となっている。2間ほどの間口しかないようなそれらの店舗や工場ではそれぞれがそれぞれにいろいろなものを作ったり売ったりしている。窓枠ばかり作っているところ、一輪車を作っているところ、何やら板金でタンクのようなものを作っているところや、歩道に車やバイクを並べて売っているところもあれば、粗末なテーブルを置いて怪しげな食事を提供するところなど、見ていて飽きない。これだけ大量にものを作るということは、それだけ売れるということで、働けば働くだけ収入も増えるだろうから自然と活気も出てくるというもの。蒲田から品川あたりの第一京浜沿いも、かつてはこのような賑わいだったのではないかと想像させられた。

街は近代化している個所も多くみられるが、観光地によくあるコンビニとかファストフード店は一切ない。莆田という街はもともと色町だったらしく、夕方暗くなると街のあちこちにピンク色の照明をつけた店が目立ち始める。それらは一様に小さな店で看板には○×美容室と書かれていて、ピンク色の照明の部屋の中に女性が2、3人こちらを向いて座っているのである。最初はホテル前にある1軒を見て、とても珍しいと思ったが、あとで街中を歩くとそうした店が1ブロックごとに点在している。宿泊したホテルも立派なつくりだが天妃温泉旅館というなんともなまめかしい名前である。地方のちょっとした金持ちが遊びに来るという感じの街なのかもしれない。ホテルでは夜中までカラオケが響き、結構いい車に乗ったきちんとした身なりの男女が大勢でパーティーにやってきたりしていた。

◎交通マナー
以前に中国へ行った時も驚いたが、車両の交通マナーの悪さは相変わらずだった。向こうは右側走行だが、平気で反対側から車やバイクが向かってくる。そしてクラクションのけたたましいこと。向こうのドライバーは、とにかくよくクラクションを鳴らす。しかし、これだけ混沌とした交通状況だとクラクションも鳴らさないわけにはいかないだろう。何日も滞在しているうちに、不思議とクラクションにも喜怒哀楽の感情のようなものがあり、車同士のコミュニケーションのように聞こえてくるようになった。黙って何も主張せずにいたら存在しないものとみなされる、そんな中国のアグレッシブさを垣間見た気がする。

宿泊先のホテルからレストランへ行くのに交差点を渡らなければならないが、そこは大きな交差点で、こちらでいうと国道15号線と環8の交差点のような場所なのだが、信号機が一切ない。そこを歩行者は平然と渡っていくのである。もちろん周りの車からクラクションの合唱が浴びせられるが、蝉しぐれの森の中を歩くかのように泰然としている。車の方も、歩行者が邪魔だと言ってクラクションを鳴らすのではなく、相手にここに車がいるよと教えてあげているような優しい感じに聞こえる。このような街で暮らしていると、少々のことには動じず我はわが道を行くという心境になるのではないだろうか。それはそれで悪くないことだ。

◎昼休みの長さ
取引先の会社と打ち合わせしたりしてわかったことだが、当然のことで12時に昼休みが始まる。日本だと遅くとも1時には午後の業務が始まるが、向こうでは12時から2時までの長い休み時間をとる。そして夕方6時くらいには業務を終了するので、実質1日の勤務時間は日本より1時間少ないことになる。昼食をゆっくりととって、それから小一時間昼寝ができる。日本人の我々には少々間延びがするがこれも習慣の違いかと思う。中国にイタリアやスペインのようなシエスタがあるとは知らなかった。

◎物価
ビールもミネラルウォーターも2~4元とお安い。レストランでそこそこ豪華に食事をしても一人100元程度(1500円)、アモイでの昼食は小さな食堂だったがいろいろな料理を注文しビールをたくさん飲んだにもかかわらず一人30元程度だったから500円くらいで済んだ。ホテルの宿泊費部屋の広さの割にもかなり安い。

◎通信インフラ
出発前には、ネットが使えるか、携帯が通じるかと不安を感じたが、実際は何の問題もなかった。私はEMOBILEを持って行ったが、国際ローミングで簡単に日本と通話ができたし、どこへいってもアンテナが3本立つほど電波がよく届く。電波法とかの規制が日本よりも緩くて、ものすごく強力な電波を出しているのではないかと思ったほど。ちなみにホテルの部屋ではインターネットが使い放題で回線スピードも申し分なかったのがうれしかった。

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休み

成人の日で休み

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バブルがはじけて 2/2

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当時、私はJR豊田駅から徒歩10分くらいの家賃5万円程度のアパートに暮らしていた。結局ここには20歳から28歳まで住むことになったが、5年以上経った頃に引っ越しを考えた。その理由はこうだ。向かい側のアパートに家族持ちが住んでいて、一人男の子がいた。当初は5歳くらいの幼児だったのだが、いつの間にか彼が中学生の制服を着ているのに愕然とし、時間の流れを強烈に感じた。そして彼の目からすると、物心ついた頃から向かい側に住んでいる私の存在は、彼の人生の中で普遍の存在となってしまっているのではないかだろうかと考え、あまりにも長く一カ所に居続けてしまったという恥ずかしさのようなものを感じてしまったからである。(これはどうでもいい話だが)


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そんなことで、駅前の大きくはないがこぎれいな感じの不動産屋へ飛び込んだ。店主は別の客と対応中で、若い男が対応に出た。豊田というのは東京のかなり西の方で、いまいちマイナーな駅である、また、その不動産屋も町の家族経営の不動産屋を少し大きくした程度の店だったが、その男は妙にピシッとしたスーツを着て何となく高慢な雰囲気を醸し出していた。私は、国立(東京都国立市)か立川(同立川市)あたりで、これこれこのくらいの予算で部屋を探しているのだが、と告げると、そいつは私にいきなりこう聞いた「一部ですか?二部ですか?」。


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何を聞かれたのかその意味を計りかねていると、そいつは続けてこう言った。「今時、勤め先が一部上場か、少なくとも二部でないと貸してくれる大家さんなんかいませんよ」。貧乏人に構っている暇はないとばかりに早口でまくし立てた。こういった時代だったのである。あたりまえだが実際はそんなことはなくて、きちんとした収入があれば部屋は借りられる。東京都下の1DKのアパートを探しているだけで、別に六本木ヒルズや白銀に住もうというのではないのだから。こんな馬鹿を相手にしていても仕方ないので、さっさとその店から出た。


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何の人生経験もないのに妙に高飛車で勘違いしている人間が多くなったのがこの頃の傾向である。六本木あたりのしゃれたバーやディスコに行くと、若造の店員がサービスも悪いのに妙に威張っているのにでくわした。金が無ければ客じゃないという嫌なムードが漂っていた。大勢の仲間と六本木のディスコを借り切ってパーティーをやったとき、男友達がお立ち台の上で踊っていると店員が飛んできて何の説明もなく突き落とすという暴挙を平気でやっていた。たとえ借り切りであってもお立ち台は女性しか乗ってはいけないらしい。金と女が第一という時代であった。そして客は高くてまずくて最低のサービスに対してバブリーな対価を払わせられる。それに比べると今は落ち着いて良い時代になったと感じる。


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人(派遣社員や日雇い労働者など)、物(商品、不動産)、金(株式や複雑な金融商品を含む)を右から左へ転がして一部の人間だけが巨利を貪るような時代よりも、皆がお金の大切さを知り、環境のことを考え、物づくりや額に汗して働くことを尊重するような世の中になるのであれば、たとえ不況であってもその方がずっと良いことだと思うのである。

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