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価値共有と日本海海戦

今年の10月から週に一度このような形で少々説教くさいような、抹香くさいような話をしていますが、その目的は何でしょうか?

簡単にいうと、それは「価値共有」です。価値観をお互いに共有するということで、英語でいうとShared Valueといいます。これは、洋の東西を問わず会社組織にとってとても大切なことであります。

価値を共有するということは、社長の考え方に合わせろとか、洗脳するとか言うことではありません。人は機械の部品ではないので、組織の中にあってもその仕事の目的が何であるかを明確にしておくことが大切です。製品を組み立てるときにねじ1本締めるにしても、何のためにそれが必要なのかを社員全員がきちんと理解するということです。(最近工場の組み立てラインで採用されている「セル方式」は、この考え方が色濃く反映されたものでしょう)

小さな会社であれば社長、大きな会社であれば経営陣が、どのような考え方を持ち、どのような方向を目指しているのかを知らなければ、従業員は安心して働くことは出来ないと思います。

価値を共有するということは、次のようなプロセスになります。

  1. 組織の目的やそれを実現するための手段を理解する
  2. それらを自分の価値観と照らし合わせて、相容れるものかどうか判断する。(明らかに自分の価値基準に合わないならば、その組織から離脱すればよいのです。無理に合わせる必要はありませんし、納得できないならばきちんと話し合い、場合によってはその内容を変更してもらう努力をすべきです)
  3. 自分個人の目的と、組織の目的を同一ベクトル上に置くことにより、自発的な行動が出来ます。
  4. 組織に属する人たちがこのように意思統一できると、組織は大変大きな力を発揮することが出来ますし、個人ではなしえなかった成果をあなたが手にすることが出来ます。

話は変わりますが、今年は日露戦争で日本が大国ロシアのバルチック艦隊を打ち破ってからちょうど100年目の年でした。そこで、日露戦争における日本海海戦をケースとして、組織のありかたについて考察したいと思います。

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物言えなかった私

私が、寺の小僧になって間もない頃の話です。
その日は夕食の食器の洗い番でした。小僧だけで8人、そのほかに師匠や信者さんの分もあるので食器は結構な量になります。流し場には山の湧き水を使っていて、蛇口から小さな蟹が出てくるなんて言うこともありました。また、ガス湯沸かし器などは付いていないので、冬場はとても冷たくて、手は霜焼けで倍ほどに膨れ上がってしまいました。

さて、私が洗い場で食器を洗っていると、別の小僧が下げてきた食器をどんどんと運んできます。私の傍らにはそれらの食器が積み上げられていきます。そのうち師匠の食器が運ばれてきましたが、5cmほどの四角い漬物皿には桜漬けが一つまみ残されていました。もちろん、ほかの食器と一緒くたになって積み上げられているので、何の躊躇も無くその残った漬物を捨てて皿を洗いました。

それからしばらくしてまだ洗い物と格闘している私に先輩からなにやらただならぬ口調でお呼びがかかりました。何かと思うと、先ほどの師匠の残した漬物をどうしたかということを問いただされ、正直に捨てましたと答えると、その先輩は何度か2階の師匠の部屋と私のところを往復したあと、「行者さんがお呼びだ」といって2階の師匠の部屋に行くように言われました。当時2階の師匠の部屋へは我々下っ端は行くことを許されておらず、階段を上ることすら禁止されていました。ですから、恐る恐る階段を上って師匠の部屋の扉の前に進み出ました。

そこでは不機嫌な顔をした師匠が私をにらみつけて、「残しておいた漬物を捨てたのはお前かっ」と誰何されました。そう聞かれると、まったくそのとおりですし、師匠に対してあれこれ物を言えるほど饒舌でもないし、先輩からは常々、上の人から物を言われたら「ハイ」以外の返事はするなといわれていましたので、仕方なく「はい」と答えると、「そういうもったいないことをするのがお前の趣味かっ」とまたえらい剣幕で怒られました。洗剤だらけになって洗い物をしているところに、ほかの食器と一緒にごちゃごちゃになって下げられてきたのですから、その残った漬物を取っておくなんて考えられないことです。ほかの汁が混じっているかもしれませんし、洗剤がかかっているかもしれません、そのような漬物を師匠に食べさせることのほうが失礼です。また、私は洗い物係りなので、運ばれた食器をひたすら洗うだけでした。もしも残り物を取っておくならば、食器を取り下げてきた人間が洗い場へ運ぶ前にすべきです。しかし、とっさに師匠からこのような剣幕でまくし立てられては私は何も弁解できませんでした。しばらく沈黙していると「もういいっ、下がれ、このたわけっ」といわれてすごすご戻りました。このころはまだ新米だったので殴られこそしませんでしたが、それにしても私にはショックでした。

このときの釈然としない気持ちは今でも忘れずにいます。私が今の会社で気をつけようと思っていることに互いのコミュニケーションというものがあります。新人社員と社長との間には、私が思う以上にギャップがあるはずです。また、自分が若いときのことを思い出しても、自分より10才以上年上の人はとてつもなく上の人というイメージがありました。このようなギャップがあると、下の人は思ったように物が言えないものです。社員が私に何か言ってきたとき、よく聞き取れなかったから「何?」と聞き返しただけで、何か怒られたと思うのかその社員が変に萎縮してしまうケースがあります。

この会社では、最大限にこのようなミスコミュニケーションをなくしたいと思います。会社は同じ目的を持った複数の人間がチームで行動するものです。これは団体で行うスポーツと同じで、お互いのコミュニケーションが取れていないと、チームは敗北します。相手が社長であれ歳の離れた先輩であれ、自分の状況や何をするつもりなのか、報告なのか質問なのかをしっかりと伝えないと、自分も社長も、ほかの仲間もみんなを失敗に巻き込むことになるのです。ですから私も出来る限り平易な態度で話を聞くようにしているつもりですが、どうも努力が足りず十分ではないようです。

先輩となる社員へのお願いですが、後輩からは自分が一段高いところにいるように見えているということを意識して、物を言ってきている後輩に対して頭ごなしに叱りつけるような態度は取らないようにしてください。また、恫喝するような口調も慎まなければならないでしょう。

若い人に言いたいのは、別に正しい答えを要領よく話す必要は無いので、緊張せずに自分がどう思っているのか、行動の動機になったのは何なのか、間違っていたと気づいたならばそうだということを、知らなかったことを教えてもらったのならば、知った喜びなり驚きなりを表現してもらいたいと思います。そうして、相互のコミュニケーションがお互いにとって最良の結果を生むのです。

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覚悟

私は高校1年で延暦寺の寺に住み込むという形で仏門に入りました。この世界は完全に徒弟制度で、私の師匠は内海俊照師という当時千日回峰行を行っていた修行僧でした。

千日回峰行というのは、比叡山中の30キロから80キロという決められたコースを7年ほどかけてトータル千日間歩くもので、国内でも最も厳しい荒行といわれています。師匠は30キロコースの場合、毎日夜中の1時頃に出発し、朝がた6時頃に戻ってくるのですが、大概私たち小僧が日替わりでお供をします。このコースの中に200箇所以上の礼拝箇所があり、それらに祈祷をしながら、歩くというよりも小走りで山道あるいは、けもの道を駆け抜けていきます。

ちなみに、小泉首相が平成16年の初めに自分の在任日数が1000日に達した時に「千日回峰行というのがある。毎日きつい仕事だが、荒行のつもりで頑張らなければならない」と語ったことは良く知られています。

この行を行っている人を回峰行者と呼びますが、山を歩くときの装束は昔からの伝統で大変ユニークなものです。山道は狭いので、引っかからないように縦長い笠をかぶり、全身を白い装束で統一しています。 そして毎日この装束を用意するのは私たち小僧の役割でした。手甲、脚絆、浄衣、山袴、帯、提灯、草鞋などを用意するのですが、その中に「死出紐(しでひも)」というものがあります。1m余りの綿の紐を2本、中間で結び合わせたもので、これを帯の上に巻きます。これは何かというと、行を完遂できなくなるような事態が発生したときには、これで首を括って自決するという意味があります。

回峰行者の装束
俊照師と小僧一同(右側二人目の顔が半分隠れているのが私)

実際にこの紐で自決した回峰行者がいるかどうかは知りませんが、これはこの修行に臨む「覚悟」を象徴するものだと思います。武士が差していた短刀と同じような意味合いでしょうか。仮にあなたがこの行に望むとしたときに、「失敗したらこの紐で自決せよ」といわれたらどう思うでしょうか。恐ろしいと思うかもしれませんし、仮にこの行にトライする勇気があったとしても、7年の間にはどんな事故が起こるかもしれないし、不意の病気になるかもしれません。盲腸になるかもしれませんし、自分の責任に拠らない不可抗力により行を中断せざるを得ないかもしれません。しかし、ここで大切なのは失敗すする可能性をあれこれ考えるのではなく、決意を固め覚悟を決めるということです。つまり、心構えの問題であります。

これは、個人の生き方でも会社の経営でも同じことだと思います。会社が不祥事を起こしたら、会社の利益や存続を考える前に全力でその責任を取る。経営者ならば、いつでも責任を取って身を引くという覚悟が必要です。変にしがみつこうとするから、かえって傷口を広げるのです。個人であっても、自分の約束したことを守るためには身を賭してでも全うするという人は、皆から信頼されるはずです。

前に企業倫理の話題で触れましたが、「会社あるいは社員が約束したことは会社の不利益になるとしても必ず守る」という考え方を予め全社員が理解しておくというのも覚悟のひとつです。

要は、問題に対してどのような価値基準でどう対処するかということを前もって決めておくことが「覚悟」だと思います。この「覚悟」があれば、いざというときすばやく正確な判断を行うということができるでしょうし、みっともない姿をさらすことなく対処できると思います。ここでいいたいのは、決して失敗したら自殺しろとかいうことではなく、ことに当たっての「覚悟」を常に腹の中に持っているべきであるということです。

回峰行とは 天台宗HPより

相応和尚により開創された回峰行は、文字どおり、比叡山の峰々をぬうように巡って礼拝する修行です。
 この行は法華経中の常不軽菩薩(じょうふぎょうぼさつ)の精神を具現化したものともいわれます。常不軽菩薩は、出会う人々すべての仏性を礼拝されました。回峰行はこの精神を受け継ぎ、山川草木ことごとくに仏性を見いだし、礼拝するものです。
 回峰行者は、頭には未開の蓮華をかたどった桧笠をいただき、生死を離れた白装束をまとい、八葉蓮華の草鞋をはき、腰には死出紐と降魔の剣をもつ姿をして います。生身の不動明王の表現とも、また、行が半ばで挫折するときは自ら生命を断つという厳しさを示す死装束ともいわれます。
 千日回峰行は7年間かけて行なわれます。1年目から3年目までは、1日に30キロの行程を毎年100日間行じます。定められた礼拝の場所は260箇所以 上もあります。4年目と5年目は、同じく30キロをそれぞれ200日。ここまでの700日を満じて、9日間の断食・断水・不眠・不臥の”堂入り”に入り、 不動真言を唱えつづけます。
 6年目は、これまでの行程に京都の赤山禅院への往復が加わり、1日約60キロの行程を100日。7年目は200日を巡ります。前半の100日間は”京都 大廻り”と呼ばれ、比叡山山中の他、赤山禅院から京都市内を巡礼し、全行程は84キロにもおよびます。最後の100日間は、もとどおり比叡山山中30キロ をめぐり満行となるものです。

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