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7月28日の新聞に、スペースシャトル「エンデバー」に積み込まれるコンピュータが、下請け業者社員によって故意に破壊されたという記事がありました。NASAに契約業者として出入りしている下請け従業員がコンピュータ内部の配線を切断したということです。
この記事を見て思い出すのは、20年以上前に私が仕事をしていた大手電機メーカーの工場で噂されていた「ニッパマン」のことです。
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当時、発電所などのプラント制御用に使用していたのはミニコンと呼ばれるコンピュータで、「ミニ」とはいってもラックマウントが何本も林立し、2重系で構成すると周辺機器も含めて50坪ほどの部屋を独占するようなもので、今の「パソコン」とは比較にならない大きさでした。
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このミニコンのラックマウントのカバーを開けると、さまざまな装置が組み込まれ、それらが互いに複雑な配線で結合されている様子が目に飛び込んできます。それはまさに、昭和30年代生まれの私が子供のころに憧れた、未来のスーパーコンピュータという雰囲気を醸し出していました。それに比べると今のパソコンは、性能は数千倍となって驚異的な性能を持ちつつも、もはやコンピュータというよりは文房具という感じで趣が無くなりましたね。
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このような複雑な配線を行うのは、工場のなかでいつも腰から工具をぶら下げて活躍していたハード屋さんでした。それはテレビ局でいうと「大道具」さん的なもので、決して目立つことはないけれどもしっかりと現場を支えるプロ集団という感じで、我々ソフト屋から見ると頼もしくもあり、うらやましくも見える存在でした。
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当時、一緒に仕事をするうちに親しくなったハード屋さんに、私よりいくつか年下のOさんがいました。そしてある日、彼と飲みに行った時に聞いた話が、彼らの仲間内でうわさされている「ニッパマン」です。
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ミニコンのラックマウントの裏側に回ると、表側からは見えなかったものすごい量のケーブルがのたうっています。まるで三輪そうめんの製造元で大量の麺を乾燥させているかのような光景で、見ていると気が遠くなりそうです。しかし、あるときこの配線がずたずたに切断されたことがあったそうです。いたずらとしては悪質です。犯人は恐らく誰もいない夜間にそっと忍び寄り、ニッパのようなもので配線を切断して立ち去ったようです。
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こうした事件が頻発するので警戒を強めた結果、その犯人が捕まったそうですが、それは本来そうした配線を確実にこなすはずのハード屋さんだったそうです。まさに捕えてみればわが子なりです。何があったのかわかりませんが、彼は日ごろのストレスのうっぷん晴らしか何かで、普段から腰にぶらさげているニッパでやってはならないことをしてしまったのです。そして仲間内では彼のことをいつしかニッパマンと呼ぶようになったそうです。
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確かにあの膨大な配線(ケーブリング)を行うのは相当きつい作業でしょうし、毎日遅くまであのような作業をしていると気が変になり、いっそぶっ壊してしまえと思ってしまうのも理解できなくはありません。複雑な配線を何かで切断したくなるという誘惑は、あの三輪そうめんのうねっている様を見ていると、誰しも感じることかもしれません。
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NASAの事件では、このような問題が時代と場所を問わず起こっているのだなと感じさせられます。もちろん、皆が同じ動機を持っているかどうかはわかりませんが、強いストレスを感じた時の人間のもろさというのは洋の東西を問わず普遍的なものでしょう。それが他の物に対する破壊行為になるのか、他者に対する傷害行為になるのか、自分自身を殺めてしまう自殺行為になるのかの違いとなって表れるのでしょう。
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ストレスはコレステロールと一緒で、なくても多すぎても困るものです。そのストレスは外部から与えられるものと思いがちですが、それをどう受け止めるかという自分自身の心のありようによって、ストレスをうまく消化しコントロールすることができるはずです。
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ニッパマンという何となく諧謔的なネーミングは、ストレスを感じて生きている同じ人間としての同情を含んだ愛称ではないでしょうか。