K社長とはよく議論というか口論をしたものです。そんな中で、前後のやり取りは忘れましたが、こんな議論をしたことを覚えています。

K社長:「下のものはお前がきちんと管理せにゃあかんやないか」
私:「本人に自覚を持ってもらうためにも、信用して任せることも必要だと思います」
K社長:「そんなこと言って、もしも部下が失敗したらどうするんや」
私:「そりゃあ、腹をくくるしかないでしょう」
(もちろんこの議論は、かみ合うことがありませんでした)

実はこのとき、「腹をくくる」の意味もよく分からずに使っていたのですが、今考えると「覚悟を決める」、「自分が責任を取る」、「腹を切る」といった意味合いで使ったのでした。当時私は23歳でしたから、言葉の意味も良く知らずに勢いで言ってしまいましたが、おおむね間違ってはいませんでした。

この短いやり取りで、K社長の言うことはもっともです。部下を教育し、管理するのは会社組織の中では当たり前のことです。
しかし、このK社長が果たして社員を「管理」、「教育」して「正しく導く」ことが出来ていたかというと、結果的にまるでダメでした。
社員はいつも社長に怯えているか、私のように反抗するか、あるいは社を去っていくかのいずれかだったように思います。

別にこのK社長でなく、私を含めて世の中小企業の社長がこのことをきちんとやれているのでしょうか。「言うは易く」の言葉通り、とても難しいことです。まして、それを二十歳そこそこのプログラマーに要求すること自体が間違っていると思います。「そうあってほしい」と思うことと、「そうでなければならない」との間には大きなギャップがあります。

子供のいる人は、自分の子供に対して「もう小学生なんだから自分のことは自分でしなさい」と叱ったことがあるかもしれません。しかし、子供からすると昨日までの自分と今日の自分とでは何も変わっていませんし、何かを変えるという約束をしたわけでもありません。このような叱責はとても理不尽に感じるでしょうし、何度もこのように叱られるとストレスを感じて悪い結果を生むことになるでしょう。親としては、こうなって欲しいという子供の姿を自分の中でイメージすることは構いませんが、口先でそうなりなさいと命令しても効果はありません。ここは回り道をしてでもそのイメージに近づくように根気強い指導が必要となります。そして、自分も不完全な人間なのだから共に学ぶという姿勢が大切だと思います。

先の「腹をくくる」のところで私が言いたかったのは、間違いは誰にでもある。それよりも上は部下を信用して任せ、任せたからにはあれこれ口を挟まない。そして、失敗したら自分も一緒に泥をかぶる覚悟を持てば、部下もきっとそれに答えてくれる。ということです。

この考えは今でも変わっていません。部下に仕事を任せたときに、失敗すると分かっていても、それが本人の経験として役に立つのであれば、あえて自分も一緒に怪我をして痛い思いをする、ということがこれまでにもありました。

中小企業の社長は参謀ではありませんから、あえて危険な中へ先頭を切って突っ込んでいく勇気が必要だと思います。これに対して参謀は、部隊の後方で自分には出来ないような作戦を平気で立案するのですが、それが本当に戦略上有効であれば参謀としての役割は果たしているといえるでしょう。

もちろん、任せるには最低限の業務知識や経験が必要ですし、失敗から何かを学び取ってくれるという適性も必要です。しかし、前向きにトライするという気持ちがあれば、結果が失敗であろうとそんなことは大きな問題ではありません。それよりも一番の問題は、「危険を恐れて自ら何のアクションも起こさない」という考え方こそ撲滅すべき過大だと思っています。

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