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自分で新しく会社を作ろうとするとき、その会社の名前を決めるというのは楽しみな作業である反面、非常に悩むものでもある。私も自分の会社の名前を決めるにあたりずいぶんと色々な名前を考えた。後年、子供の名前を考えるという経験をするが、それに似た難しさがある。
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私が自分の会社を立ち上げる5年前、フリープログラマーになったころであるが、もし自分が会社を作れたら、気の合う仲間だけ集めて「ビートアッププログラマーズ」なんて名前の会社ができたらいいな、なんて妄想していたが、もちろんそんな名前はつけられない。そして、実際に自分の会社を作るということになり、本格的に社名を決めなければならなくなった。
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まずは発音しやすくなければならないし、その言葉の意味がなるべくきれいで、人に悪い印象を与えたり、縁起の悪い言葉に間違えられないようなものにしたい。あまり長い名前や字画が多いものとか、一般になじみのない漢字は使いたくない。領収書をもらうたびに社名を伝える苦労をしたくないし、電話で社名を伝えるときにも簡潔な方が相手も聞き取りやすいだろう。
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そこで、IT会社だしカタカナがいいなと思った。私が社会人になったころはやたらとアルファベット3文字の会社が多かったが、それもありきたりなので避けたかったので、何か気の利いた英語の名前をつけようと思って英語辞書を眺めた。語感が美しく、言葉の意味がポジティブで、有名企業にはまだ類似がないような言葉、それを見つけるのは意外に大変だ。
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色々と悩んで自分の名前がAで始まるし五十音でもアルファベットでも最初に並ぶからAで始まる社名を考えた。これは欧米の保険会社にAで始まる社名が多いのと同じで、今でいうSEO対策である。電話帳を開いたときに最初のページに載っているかどうかによって売り上げが大きく変わってくる。今なら、GoogleやYahooの検索結果の上位に入らなければその会社は存在しないのも同じ、などといわれてしまう。
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そこで出てきた候補は「Alive」と「Anima」だった。どちらも生き生きとしたというような意味で悪くない。自分で電話に出たときを想像してみる。「はい、アライブコンピュータです」とか、「はい、アニマシステムです」という感じでどうだろう。アニマというとちょっとマニアとかアクマにつながるので、アライブしかないなと一時はそう思った。そこで当時勤めていた会社の同僚の女性に聞いてみた。当時私が独立して会社を作ることはすでに皆に伝えてあった。私:「今度作る会社、アライブって名前どう?」、彼女:「え、何? 荒井ブー?」、私:「・・・」。却下である。彼女には軽い憎しみの感情が湧いた。
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英語じゃありきたりすぎてダメだと思った私が次に思いついたのは、当時のわが愛車セリカLBのカタログに記されていたセリカという名前の由来であった。「宙空を飛ぶ竜をデザインしたセリカのマークをはじめ、スペイン語で天上の、神々しい・・・などの意味を持つCELICA」(当時のカタログより) 当時、日本車の名前は何となくカッコいいスペイン語とかイタリア語の単語が使われることが多かったのである。そこで本屋へ行ってスペイン語かイタリア語の辞書を探しに行ったが、なんとなくイタリア語の方がおしゃれな感じがしてイタリア語を選んだ。そのころファッション的にイタリア好みだったせいもある。
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辞書をAから順に探して、語感が良くて分かりやすい言葉を探す。ほどなくして見つけたのがCuoreという言葉。Aから順に見ていってB、Cと3番目の文字である。心、愛情、心臓、中心などという意味で悪くないし、言葉の響きもよい。それに、クオーレという名前の会社は、クオレ化粧品くらいしかないし、少なくともIT企業にはまだ使われていないだろうと判断した。やっぱり、自分自身が気に入るというのが大切で、もうこの名称しかないと思うようになった。
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しかし、そこでまた悩んだのが、「クオーレ」なのか「クォーレ」なのか「クオレ」なのかである。安易につけて後で後悔するのは嫌だったのでできる限り本場の読み方でどうなのかを知りたかった。日本語表記にするときどれが正しいかは、なかなかその辺にいる日本人には分からない。少なくとも私の周りにはそういうことに答えられる人が見当たらなかった。どうするか考えたが、やはりイタリア人に聞くのが一番と思った。しかし、日本語ができるイタリア人がその辺にうろうろしているわけがない。
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そこで、立川にある英会話学校へ出向き、一応入校を希望するというようなふりを装って外国人講師に話を聞くチャンスを得た。応対してくれた彼女はイタリア人ではなかったと思うが、それでも相手は私を大事なお客だからと思ったのか、真面目に答えてくれた。彼女:「うーん、クオレよりもどちらかといえばクオーレじゃない?」これでわが社の社名が決まったのである。