今月は、会社の「経営理念」について話をしてきましたが、関連して今日は「行動規範」について簡単に触れます。

理念とは、目指すところにあるもので、長い距離を歩くときに灯台のように目標となるものだといえます。それに対して「行動規範」とは、日々の生活の中でAかBのどちらを選択するかといった判断を下す際の基準だといってよいでしょう。

今年の商工会議所の機関紙に次のような話が載っていました。

「憲政の神様」といわれた尾崎行雄は、第一回の衆議院議員選挙に当選して以来、当選実に二十五回、議員を六十三年勤めた。

その尾崎に、海外での事業心得を訊いた者がいる。「その国の人から尊敬されなくちゃ成功しない。泥足で玄関から上がるようなまねは決してせぬように」。はなむけに色紙を書いてくれた。「人事を尽くして天命を待つ」。

 尾崎の政治理念は、「国家よりも道義のほうが重い、という信念に基づいて生きる人こそ、真の忠臣であり、世界中から尊敬され、愛される人である」(「わが遺書」)

― 東商ツインアーチ 東京ゆかりの「人生」経営人 出久根達郎 ―

「国家よりも道義のほうが重い」といっていますが、決して国は軽んじても良いという意味ではないと思います。ここは相矛盾するようですが、道義あっての国家というような意味合いで捉えて欲しいと思います。

これは、会社においても同じです。会社は利益を求めるものですが、それが国の法を犯したり社会の秩序を乱すものであってはなりませんし、さらには道義にもとるものであってもなりません。

近年起こっている企業の不祥事は、この部分が忘れられていることによるものがほとんどではないでしょうか。

この国の官僚について、「省益を優先し国益をないがしろにする」というような言葉を聴いたことがあると思います。いかに優秀な人間であっても、ある組織に所属しているとその多くの人たちは価値判断の基準を、自分の身近なものにおいてしまうことになるのは、自然の流れといえるかもしれません。

最近は、企業の不祥事が多い(というより、透明性が増してきて露見しやすくなった)ことから、経営理念の他に行動規範を明確にする会社や組織が増えてきていて、大概「法令の遵守」とか「個人情報の保護」などといったことが盛り込まれています。しかし、ここで述べているのはもっと根本的な話であります。

アメリカの電力会社、AES社は、社会や従業員に対して誠実さや公正さを重視するきわめてユニークな企業文化を持っていますが、誠実さという価値観について従業員向けに次のようなことを言っています。

「AESの人々との間に限らずAES以外の人々との間でも、文書あるいは口頭で約束したことや、自分が言ったことは、たとえ会社を経済的に傷つけることになっても必ず守る。」

― ハーバードのケースで学ぶ企業倫理(慶應義塾大学出版会) ―

これは、先ほどの尾崎行雄の政治理念と似ています。洋の東西を問わず、会社でも国家でも、はたまた個人でも、この考えは当てはまります。あなたが人と何かを約束したとき、それを実現することが自分にとって得にならないとしても、その約束を実行することは二つの意味で大切です。一つは当然ながら対外的な信用ですが、もう一つは、自分自身に対するイメージです。これは、セルフイメージといって、自分から見た自分自身のイメージで、“誇り”のようなものと考えても良いでしょう。このセルフイメージが向上すれば、自然と“自信”がついてきます。これは会社でも国でも同じことです。

私たちは、家族や会社という直接触れている組織の中だけで生きているのではありません。家族や会社は位置的には国に属しており、国は世界とつながっています。また時間軸から見ると、この国を守り続けてきた先祖からこの国土を受け継ぎ、親に育てられ、教育を受け、その結果家族や会社といった社会活動を営んでいるのです。この資産はまた、我々の子孫に引き継いでいかなければならないものでもあります。そう考えると、私たちは何を基準に行動しなければならないかということがおのずと分かってくると思います。

蛇足:

どんなに注意していても事故は起こるものです。特に、品質管理など直接売上につながらない業務に中小企業は多くのコストをかけることは困難です。しかし、事故を事件にしてはなりません。事件にしてしまうのは、そこにいた人間の判断が自分あるいは会社の利益を優先し、顧客や社会のことを忘れてしまっているからです。

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