【2011年2月28日の朝礼でのスピーチより】

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先日、母校の専門学校で学生相手に1時間ほど講義をしてきました。100人以上の学生が集まってくれて、社会人になるにあたっての心構えとか就職に役立つと思われるような話をしましたが、1時間では時間が足りず思っていたことの半分も離せませんでした。
以下は学生向けに話そうとして用意したネタですが、話せなかったのでここで公開します。

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社会は需給バランスで動いています。貨幣の価値、株価、商品の価格、就職率など。そしてその社会は、いまやグローバルつまり世界規模でシームレスにつながっているのです。

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日本がまだバブル全盛だった頃は人材不足、というかGDP(付加価値)の増加分に対して人材の供給量が変わらなかった(日本人学生の新卒は毎年100万人くらい)ために求人倍率はとても高くなりました。当時は入社してくれたら海外旅行にご招待とか、入社式を有名なディスコで開催したりなどと、新卒学生に対して大サービスをしていました。

しかし、それも今は昔です。ちょっと例えばなしをします。

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あなたが腕のいい寿司職人だとしよう。
あなたの店には就職希望の若者がしょっちゅうやってきます。あなたの店が雑誌で紹介されているのを見て自分も寿司職人になりたいと思ったそうです。

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しかし、そのほとんどはまともに料理の勉強もしていない、それどころか魚の名前も包丁の握り方も米の炊き方も知らない。たまに面白そうな奴だと思って雇ってみるが、店にいてもただぼーっと見ているだけで自分から動こうとしない。何かを指示するとそれなりにこなすが、洗い物とかゴミ捨てなど単純な仕事に限られる。

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「酒の在庫を確認して切らさないようにお前が管理しろ」などと言う漠然とした指示をするともういけない。いつになったらやるのかと思ってみていても全く何もせず、結局品切れとなる。問いただすと、どうやって在庫を確認すればよいのかわかりませんとの返事。

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店のメニューを渡して、ここに書いてある銘柄の酒が裏の倉庫にあるから一覧表にして、足りなくなりそうな銘柄があったら事前に注文するんだ。と説明してやります。

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しばらくすると、今度は「残りがどのくらいになったら注文すればいいんですか?」と聞きに来ます。1日の平均来客数やそのうち何割くらいの客が酒を頼むのか、それを考慮すると、注文してから配達までの時間差も考えてこれこれこのくらいと、丁寧に教えてやります。

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またまたしばらくして、「足りなくなったとき何本注文すればいいんですか?」と聞きに来ます。「はい、n本です」と答えられるような簡単なことではありません。酒は冬場の方が売れるから多めにストックしておく必要があるし、吟醸酒の場合、夏場は余り長く貯蔵しておくと味が悪くなるので加減しなければなりません。

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こうしたことを一々言葉で説明するのは大変なことですが、相手は「教えてくれなければできません」という態度です。親方であるあなたは、「そんなことはもう店に1ヶ月もいるんだから大体わかるだろう」とキレます。

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それでも、時間のあるときには必要な知識を一つ一つ説明してやります。例えば仕入れに関して。魚河岸はどこが運営していて、仲買人の役割やどういった客が買いに来るのか、一つ説明するとわからないことがますます増えるので、その分質問が増えます。2時間もかけてじっくりと説明しているのに、新人はメモすら取りません。「俺は別に世間話している訳じゃない、このくそ忙しい中2時間もしゃべらせておいて、お前は社会科見学の小学生か?」と心の中で叫びます。

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ある週末、常連の上客がやってきてお気に入りの酒を注文される。ところがその酒がないという。例の新人に問いただすと、この間注文しようとしたら酒屋が休みでした。と、まるで酒屋が休みだったのが悪いかのように言い訳する。腹が立って腹が立ってしょうがないあなたに怒鳴られた新人、翌日から来なくなりました。

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以上はただの作り話ですが、こんな状況が実際であります。

さて、それでも世の中の景気がまだ良くて、あなたのお店が繁盛しているうちは、こんな若者でも何とか育ててやろうと手取り足取り教えてやります。それはすなわち自分の時間を彼に投資していることになりますので、その間は店の仕事はおろそかにならざるを得ません。

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魚をさばくにしても、新人にやらせた仕事など客に出せるわけもなく、仕入値の高い高級魚が賄いの食事に回されることになります。こうした時間や品物の提供は金額に直すと結構な出費となります。また、何年もかけて折角育てたと思ったら、さっさと他の店に移るものもいます。一度、何で辞めるんだと聞いたことがありますが、「自分でやっていく自信がついたので辞めます」と言われたときには全身の力が抜けます。

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しかし、今のように不景気になり、同業者がばたばたつぶれていくと言う中で、ものになるかどうかわからない新人にあれこれ手をかける余裕はありません。勢いほったらかしになりますので、新人は長続きしませんが、不況なだけに次から次から応募者はやってきます。つまり、需給バランスが逆転したのです。そうなると、昔のように「仕事は体で覚えろ」、「先輩の仕事を盗め」ということになります。

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まあ、「一を聞いて十を知る」とまでは言いませんが、説明すればそれなりに吸収してくれてそれがそのまま行動に結びつくような人材なら良いですが、残念ながら、少子化、ゆとり教育、核家族化、コミュニティとの断絶といった、若者を涵養してくれる環境が劇的に悪化している中、教育する方が根負けします。

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