【2010年5月17日の朝礼でのスピーチより】
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「コンセプト」という言葉がよくつかわれますが、その意味は結構あいまいです。私はビジネススクールで「だれに何をどのように(ユニークなものを)提供するのか」がと教わりました。これはマーケティング上の意味としてです。
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今、日本型経営は大きな転換期に来ているといえます。これまでの終身雇用、年功序列、日本型家族経営、悪く言えば村社会的経営から、世界標準のグローバル
スタンダードに合わせなければという風潮がなんとなく形成されていますね。世界標準とかグローバルスタンダードというと、なんとなく正しい、カッコいい、
だから、みんなこぞってそれに合わせなければという流れになっているような感じがします。
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日本人はこのように他者にあるいは他力によって規定づけられるのが好きな民族のようです。日本国憲法も戦勝国が作成したものですがそれゆえに自分たちでな
かなか変更することができない。60年たってもこの憲法を守り続けていることを聞いた当時の日本国憲法の起草者の一人が「まだ使っているのか」と驚いたそ
うです。だからでしょうか、何か事を起こすときに最初にルールを決めたがる傾向があります。
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ここでちょっと考えたいのは、「週休二日制は本当に日本を幸せにしたか」ということです。週休二日制が一般的になってきたのは、1980年代ころだと記憶
していますが、まずは大企業が導入し続いて中小企業もそれに倣うように導入が進みました。しかし、多くの中小企業は大企業の下請けで成り立っているのであ
り、その下請け企業が「大企業と同じように週休二日にしてしまっては仕事がこなせない」というのは多くの経営者の意見でした。しかし、平成9年4月から週
40時間労働が労働基準法で定められ、中小企業もそれに従わなくてはならなくなりました。
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私が就職したのは昭和57年(1982年)でしたが、その時入社した会社はすでに週休二日となっていました。当時は週休二日であることが単純に休みが多くていいなと思った程度でした。働く側としては、休みは多い方がいいし、給料は高い方がいいに越したことはないでしょう。
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しかし、マクロ的に日本の製造業が週休二日でどうなったかを検討しなければならないでしょう。世の中に3Kという言葉がはやり、製造業を含む、社会を支え
る様々な職種がこの3Kという烙印を押されました。きつい、汚い、危険という安直な語呂合わせで、そういった職場を敬遠する若い人が増えていきました。製
造業を営む中小企業は、これも流行語となった「時短」に加えて3Kというネガティブキャンペーンで採用難に陥り、多くの町工場が姿を消しました。
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いま製造の底辺を支えているのは中国や東アジアなどの新興国ですが、日本はすっかりそのお株を奪われた格好です。それらの国では、日本から流出した技術を使って経済的に急速に台頭してきています。
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このような事態を招いた一つの要因として週休二日および時短があるのではないでしょうか。バブル前の日本では、GDPで世界2位となりアメリカの背中も見
えてきたところです。敗戦により灰燼に帰した国がそのご2、30年でそのような経済大国にのし上がってきたことに欧米は脅威を感じます。そして日本の経済
力をスポイルするためにいろいろな圧力がかけられ、スーパー401条に象徴される通商問題や、いまテーマにしている週休二日も半ばむりやりに押し付けられ
てしまったようです。
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その当時の日本は、エコノミックアニマルだとか、働きアリだとか言われて欧米先進国から非難されました。ヨーロッパではバカンスを1カ月も取るのに日本は
ろくに休みも取らないから文化水準が低いといったマスコミ報道が多くあったように思います。そしてGDP2位になったのだからもうそんなに働かなくていい
んだよという欧米の圧力に屈してしまったために、日本の経済力の底力が失われていったように思います。
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もともと日本人は勤勉で、自分の受け持ち以外の仕事でも進んでやろうという気質を持っていました。世界でも特異な独自の文化を持つ日本が、休みを取らない
から文化が低いなどと外国から言われる筋合いはないのですが、よそからの意見の弱い日本の特質を巧みに突いた欧米諸国にまんまと乗せられてしまったようで
す。
アメリカや欧州でも、一線で働くビジネスマンは非常に長時間働くそうです。そしてもちろん、その分給与も高い。夏の長期バカンスは、昼飯も仕事しながらサ
ンドイッチで済ますビジネスマンがリフレッシュするために行うものだから、行った先では何もしないのが最高のぜいたくとなるのでしょう。
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これをただ単に仕事時間だけ削ったら競争力が落ちるのは当然で、日本の国力も減速していきます。労働者が仕事時間を削ったら当然ながら賃金も下がるに決
まっています。週休二日になったからと言っても、休みの日は家でテレビを見てごろごろしているかパチンコに行くしかないようでは何のための休みなのでしょ
うか。
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週休二日を否定するわけではまったくありませんが、どれだけ休むか、どれだけ働くかはその職種や会社のコンセプトにより異なっているのが当然だと思います。それをなんでも一律にルールを決めてしまうのが日本の悪い特徴です。
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さて、グローバルスタンダードということで企業価値、時価総額などといった言葉が普通に紙面を飾るようになりました。日本の多くの企業が、グローバルスタンダードということで単年度の決算書を重視し、近視眼的になってきています。
終身雇用、長期にわたる研究開発(R&D)といったものを嫌い、派遣社員の雇用拡大、土地などの資産の分離(スプリットオフ)、株価を操るためのハッタリ的な事業計画やM&Aが増えてきています。
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日本には古くから生業というものがあります。お菓子のメーカーでも江戸時代から続いているお店が少なくありません。アメリカの建国は1776年ですが、三井家が商売を始めたのは江戸初期ですから、それよりも100年以上も古いことになります。
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最近はやたらと、会社は株主のものであり、利益を上げる会社が良い会社であるという単純な捕えられ方をしているような気がします。ようは株価が上がれば勝
ちというような単純なマネーゲームとして会社が捉えられています。これは大航海時代にヨーロッパでひと儲けしようと考えた人たちが資本を出し合い、船を仕
立てて船長を雇い、いかに遠い国から自分たちの国で高く売れる、つまり付加価値の高い品物を獲得(分捕りも含めて)してくるかというビジネスを行ったのが
会社の起こりだからでしょう。つまり、ここでは会社のコンセプトは、「株主のためにいかに少ない資本とリスクで高いリターンを得るか」ということになりま
す。もちろん、儲けるために始めたビジネスはこれでよいでしょうが、現存するすべての会社が同じコンセプトであるはずがありません。
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日本では会社にしても個人商店にしても、地元のために貢献するということを目的とした商売もたくさんあります。たとえば日本橋あたりの老舗では、長い間地
元で商売をさせてもらっていることに感謝し、地元の人々に喜んでもらえる商品を提供することが自分たちの喜びであると考えているそうです。農家では、先祖
から受け継いだ土地を守りながら、質の良いコメや穀物を作ることに生きがいを感じている人もいます。そうした人々にとって、企業価値だの株価だのは関係の
ない話です。
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最近は上場しましたが出光興産は長くプライベートカンパニーで、創業者の出光佐三は生涯一度も社員を首にしたことがないという家族経営主義の人でした。
YKK、サントリー、竹中工務店なども上場はしていません。日本独自の価値観に根ざした企業というものがあってしかるべきと考えます。
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日本はもともと多神教で、多様な文化を受け入れる度量を持った民族ですから、西欧のグローバリズムを受け入れつつも、独自の価値観や伝統、歴史といったも
のを大切にして日本独自の企業の育て方をしてほしいと思います。倫理観に欠ける企業や明らかに法を犯すような企業は許してはなりませんが、人も色々、会社
も色々でよいのではないでしょうか。