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新卒採用のセミナーで就職活動中の学生によく話すことであるが、自分がなぜその業界を選んだのか、なぜその会社を志望したのかという理由を、面接の際にはしっかりと自分のバックボーンと絡めて説明できるようにしなさいと言っている。
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面接の時に、なぜこの業界を選んだのですかと聞いても、どうも納得のいく回答が返ってこないことが多いからである。特に文系の大学生に多いが、「なぜIT業界を志望したのですか?」 という質問に対して、「就職活動を通していろいろな業界を見聞きするうちに、コンピュータの仕事がおもしろいなと感じるようになりました。」といった答えである。こちらは、「エッ? じゃあここ数カ月のことじゃないの、それまでは別に興味なかったの?」という疑問がわいてくる。
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物事に興味を持つのは何がきっかけでもよいけれど、ソフトウェアの開発の仕事に就くということはエンジニアになるということで、いわゆる職人になるということだと私は思っている。たとえば、「会社訪問でオフィス街を歩いているうちにたくさんの高層ビルを見かけました。それらを見ているうちに、ビルを造る仕事というのはきっとやりがいがあるだろうなと思い、建築業界に入りたいと思いました。」といって、それまで設計の勉強もしたことがないのに設計事務所に応募するようなものだ。
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ちょっと安易じゃないの?と言いたくなる。別に20歳過ぎてからITに興味を持ち、プログラマになりたいと思い立ってもかまわないが、こちらを納得させるだけの背景というのは説明してもらいたいものである。
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人間は、ただ木の枝になって育ってきた果物とは違い、誰にもバックボーンというものがあるはずだ。その人が育った家庭や地域の環境、学校やクラブ活動などでの体験、読んだ本や人から聞いて感銘を受けた話などがその人の人格、行動パターン、価値観、倫理観などを決定づけるバックボーンとなるのである。
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私が英語で「バックボーン」と言うのにはわけがある。毎年夏のサイパン島への慰霊法要にボランティアとして行くようになって20年以上になるが、ある年の活動のとき。中学生と高校生40人ほどを引率してサイパンへ1週間ほど滞在するが、宿泊先は毎年恒例となっている現地の中学校、HopWood Jr. High Schoolの教室である。その年はたまたま事前に校長に挨拶する機会を得た。日本からのお土産を持って校長室に入ると、ちょっと想像していた人とは違う紳士が立って迎えてくれた。
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私が想像していた、明るくフレンドリーだけどちょっといい加減なチャモロ人ではなく、威厳のある折り目正しい感じの中年男性だった。中年になるとでっぷりと太る人が多い中、彼はがっしりとした無駄のない体格で、精悍な顔つきをしていた。そのような彼を見て少し緊張して話を伺ったが、そんな私のことを見透かしたように、彼はこう言った。「私は学生たちからは少し厳しく見えるかもしれません。なぜなら、陸軍出身というバックボーンがあるからです。」なるほど、話し方といい、背筋をきちんと伸ばした姿勢といい、言われてみると軍人の雰囲気がたっぷりと出ているなと感じた。その時に、彼の言った「バックボーン」という言葉が彼の姿とともに印象に残って忘れられなくなっている。
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そう、人間はバックボーンがあり、そして今そこに存在している。昔軍人だったから強面である。そうした人が無理にフレンドリーなふりをする必要はない。小さいころ両親や親類にたくさん愛されて育ったから無類の子供好きであるという人もいるだろう。子供のころ強烈ないじめにあい、辛い思いをしたから、ボクサーや格闘家になって見返してやりたいと思う人もいる。ずっと以前の幸せな思い出や大きな心の傷、そういったものがその人の人格を形成する素となっている。不幸な経験であっても、それを自分の良い性質を形作る要因として生かすことができれば、それはその人の素晴らしい個性となる。