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うまく言えないけれどイラッとする会話

【2011年10月31日の朝礼でのスピーチより】

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今日は、会社での会話、つまりコミュニケーションに関する話をします。まずは、架空の会社でのやり取りのシチュエーションから。

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大吉電機はIT機器販売会社です。

顧客のA社は年に1度くらいですが、いつも同じ商品を買ってくれる取引先です。あるとき、A社へのヘルプデスクからクレームの報告がありました。

 

販売した製品に付属しているソフトウェアツールのCDが相手に渡っていないということでした。そのことを知らされた部長と、出荷担当者の会話です。

 

部長:

「A社にCDが届いていないようだけれど、今まで何度も製品を出荷しているよね?」

 

出荷担当:

<作業中のパソコンから顔を上げると、>

「そうですか、ではA社宛にCDを送っておきます」

<事務的にそう言うと、すぐにパソコンに向き直ってしまった。>

 

部長:

「いや、送るのはいいんだけれど・・・」

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ここで部長はイラッとします。

こういうのは原因が複合的なイラつきで、ロジカルに物を考えるタイプの人間にとって一瞬頭が真っ白になるような会話です。

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イラつきを分析しますと、まずは、話の前振りをしただけなのに、勝手に結果を出して話を打ち切られたというイラつきがあります。

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そして何よりも、この部長本当は「既に製品を買ってもらっているのだから、当然、CDは相手に渡っているはずだろう? 何かうちの出荷作業に手落ちがあったのではないか?」といいたかったけれど、それを直裁的にいうと相手を叱責するような感じになるので、気を遣ってやんわりと話のイントロを切り出したのでした。

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つまり、部長はなぜ相手にCDが渡らなかったのかという「プロセス」にフォーカスを当てていたのに、出荷担当は「CDを送る」という結果にフォーカスして完結しています。

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部長の立場としては、即座にお客にCDを送って顧客満足を得るというのは当然の話として理解されていますが、それ以上に何故このような事象が起きたのかを解析したいと思っています。そうしないと同じ問題が再発するかも知れないし、何か未だ見えていない運用プロセス上の問題点が潜んでいるかも知れないからです。

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このやりとりは、よくある男女の喧嘩に似ています。

「なぜお前はいつも遅刻ばかりするんだ?」

「あやまりゃいいんでしょ、あやまりゃ。はいはい、ごめんなさい」

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この部長は、面倒くさくなってこれ以上話を続けませんでしたが、なんとなく後味の悪さを感じています。

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こうした時には冷静に、「私はプロセスの話をしたいので、そちらにフォーカスを切替えてくれないかな」と言えればよいのでしょうが、それで相手が意味を理解するかどうかは疑問です。元々そうした感性を持っていれば、この部長が切り出した話のイントロでプロセスの話をしていると気づくはずだからです。

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きっと、中国などに工場を出して品質管理をしている日本人マネージャーはこうしたイラツキをいつも感じているのでは何でしょうか。今度、中国で工場長をしている知人に聞いてみます。

 

 

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ティッシュ配り

【2011年10月24日の朝礼でのスピーチより】

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ユニクロがニューヨーク5番街に新店舗を開店したというニュースで、現地の外国人スタッフが街行く人にポケットティッシュを配って宣伝しているのを見ました。

日本式のPRですが、ポケットティッシュ配りという宣伝手法はグローバルで見るととてもユニークで効果的だと思います。ただ、日本ではあまりにもありきたりで受け取らない人も多いのが現状。携帯の液晶クリーナーを配ってくれれば喜んでもらってくれると思うのですがいかがでしょう。

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外国人が日本に来ると驚くというか喜ぶサービスは色々あるようです。たとえば飲食店で出てくるおしぼりサービス。何でも手づかみで食べて、ベトベトになった手は紙ナプキンで拭いただけで平気な顔をしているアメリカ人には考え付かないサービスでしょう。きれい好きな日本人ならではのサービスです。

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書店で本を買ったりしたときに、袋に入れた後で口をテープで留めますが、その際に後ではがしやすいようにテープの端を折り返してくれるのもお金はかからないけれどもきめの細かいサービスです。

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日本では当たり前と思っていることでも、外国人から見ると感心されるサービスというのは、すなわちビジネスのネタになると思います。皆さんも身の回りを探してみてください。

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下町ロケット 2/2

【2011年10月17日の朝礼でのスピーチより】

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最近はこうしたモノづくり、エンジニアリングがとみに話題となります。工場見学が流行ったり、スパコンはやっぱり世界一を目指すべきという国民的コンセンサスが確立されてきたり、あげくに町工場芸人などというのも出てきました。グローバルで見た日本の製造業の勢いに影が差してきていることから、かつての工業立国だった(過去形で言いたくありませんが)日本に対する憧憬、ノスタルジーがあるのではないでしょうか。

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その反面、製造業を目指す若者が増えてきているというような話はとんと聞きません。それはそうでしょう。いくら昔を懐かしがっても、今は大きな工場は皆海外へ移転してしまい、グローバルな価格競争にさらされている中小企業はコストダウンの圧力に苦しんでおり、とても若者が未来を託せるような業種ではなくなってきています。

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戦後の復興から高度経済成長の時代、昭和30年、40年代は今とは全く違います。物を作れば作るだけ売れたという時代。今の中国がそうです。数年前に福建省へ行きましたが、大通りのわきでは余すところなく物を作る工場(というより作業場)か物を売る店で埋め尽くされていました。パイプを曲げてリヤカーの骨組みのようなものを大量に作っている人、板金加工でレンジフードのようなものを大量に作っている人。それだけ大量に作るということは、それだけ売れるということですから、中国ではまだまだ需要が供給に追いついていないのだなと感じました。

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日本の高度経済成長時代は、町工場でも夢がありました。高校を卒業しただけで親方のコウバで住み込みの丁稚奉公。毎日油にまみれて働く様は、はた目には大変そうに見えたかもしれませんが、そんな彼らだって、一生懸命働けばいずれは独立してコウバを持ち人を雇い、一国一城の主になることも十分可能でした。実際、そうして社長になった職人たちは、それなりの収入も上げることができたはずです。

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有名大学を卒業して大会社に就職した同期の人と比べると、最初はその賃金に圧倒的な差があったかもしれませんが、腕の良い職人になれば、そうしたエリートとそん色ない給料をとることもできたはずです。確かに遅くまで働いたり、休日も出勤したりと長時間の労働が必要だったかもしれませんが、そうすることによって、エリートの同期よりもはるかに超える収入を得ることもできたのです。

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学歴がなくても、自分の腕を磨いて長時間働けば、大卒の大企業の部長より良い収入を得て、高級外車に乗ることも、毎日のように夜遊びに出かけることもできたのでした。かつて蒲田に何軒もあったグランドキャバレーなどは、こうした町工場のオヤジたちが常連客で、これはこれで幸せなことでした。

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蒲田に工業用ガスを扱っている「巴商会」さんという会社があり、社長とも知己を得ている関係で、その会社の先代の創業社長の伝記本をいただいたことがあります。その斉藤社長の話は痛快です。第一京浜国道(一国)沿いにガスの工場を出して、まだ車が持てなかったのでリヤカーを押してボンベを運んだそうです。一国をリヤカーで走りまくって企業にガスを納品する。いくら運んでも次から次から売れるので、一国を何往復もしたそうです。

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こうした時代は、物を持っていればいくらでも大企業と取引できたことでしょう。今のように資本金や財務状況はどうか、従業員規模はどうか、コンプライアンスはどうか、ISO取得はどうか、などとうるさいことは言われなかったはずです。アイデアと度胸があれば学歴やコネなどなくても成功できるという、今から見ると夢のような時代と思えてしまいます。

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休み

体育の日のため、マンデースピーチはお休みです。

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下町ロケット 1/2

【2011年10月3日の朝礼でのスピーチより】

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今年の直木賞に輝いた「下町ロケット」、少し遅ればせながら読んでみました。大田区の町工場が独自の技術でロケットの主要部品を開発製造し、国家プロジェクトであるロケット打ち上げビジネスを担っている大企業と対等に渡り合い、部品供給するというものです。

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舞台は上池台の中小製造業会社なので、この地域の地元ネタがいろいろ出てきます。融資を巡って対立する取引銀行は池上にある東京三菱銀行池上支店のことのようです。東京三菱銀行は蒲田にもありますが、なぜか法人部門は賑やかな蒲田ではなく住宅街である池上にあります。私のいとこが副支店長をしていたこともあります。

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顧問弁護士は五反田に事務所があります。宴会場として登場する蒲田の中華料理店というのは、おそらく銀座アスターだろうな、とか、蒲田の焼肉屋の2階で飲み会というシーンがありますが、そこそこ広い店のようなので、おそらく弘樹あたりでは、とか、地元の人間ならではの読み進める楽しみがあります。おまけに、この小説はテレビドラマ化されましたが、帝国重工(三菱重工がモデル)の記者会見場は私の母校である東京工科大学の蒲田キャンパスが使われていました。何となく10年くらい前の時代が背景となっているようです。

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主人公の社長と私はほぼ同年代と思われます。なぜなら、少年時代にアメリカのアポロ計画を見て、宇宙に憧れ、ロケットに興味を持ったという設定だからです。私も眠い目をこすって夜中にテレビで月着陸のシーンを見ていた覚えがあります。今のようにIT系の仕事をするようになったのも、こうした世紀の科学技術ショーに影響を受けたからかもしれません。

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この物語は吹けば飛ぶような中小企業が独自の技術で生き延びていくという話ですが、その中には、下請けの悲哀、銀行の非情さ、大手企業の卑怯な手口、知財の重要性などがテーマとして語られます。夢を追いかける経営者とそれを支えてくれる従業員や弁護士、ベンチャーキャピタル、取引先にも理解者が現れるなど、主人公である社長の味方が何人も登場します。

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しかしその反面、当然ながら足を引っ張ろうという敵もたくさんいます。突然取引停止を言い渡してくる発注元企業、なかなか融資に応じてくれない銀行、訴訟を起こして潰しにかかってくる大手企業など。私も経営の端くれとして規模は違えども似たような経験をしているのでその辛さはとてもよくわかります。

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そうした中で、社内での対立というのが最も身につまされます。会社の収益を新技術の開発に投資する社長。それに対して、特許を使わせて利用料を受け取るという、リスクの少ない取引で収益を上げ、その分自分たちの給料を上げてくれと訴える社員。会社はだれのものかというテーマになるのですが、この物語ではその部分について最終的な回答は出せていないように思います。もっとも、こうした問題には正解はありません。

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本の内容をあまり話すと、これから読む人に迷惑でしょうからこの辺にしておきます。

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