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休み

業務により休み。

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他流試合の大切さ

他流試合の大切さ

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この業種は他社と協力して作業する機会が多いという特徴があります。
ITシステムは様々な要素から成り立っているので、商社、ハード屋さん、ネットワーク屋さん、コンサルさん、などの異業種の人たちとはもちろん、同じソフト屋同士でも多種多様な会社と一緒に作業をします。昨年はインド人の技術者が来てクオーレで作業していましたし、もちろん、クオーレの社員が客先で作業することもあります。

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他社の人たちとお付き合いしてみると、同じ業種でもこうも違うのかと驚くことがしばしばあります。クオーレでは他社さんと一緒に仕事をすることを「他流試合」と呼んでいます。こうした経験は、単にプログラミングや設計をするという技術的なもの以外に、自分自身のコミュニケーション能力を磨く絶好の機会となります。また、いくつもの会社を見ることにより、自社の位置づけ、優れている点、劣っている点などがよく見えるものです。また、自分自身のスキルが業界としてどの位置にあるのかということを知ることにもつながります。2点から物を見ると相手との距離がつかめます。三角測量や測距儀はこの好例です。3点以上となると3次元的つまり位置や高さがつかめます。カーナビに利用されるGPSでは高度も測定できます。

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私は20代の前半はクオーレと同様、20人程度の小規模ソフトハウスに入社しましたが、入社の初日から富士電機という大会社に出向し、技術のことをいろいろと教えていただき、大きなプロジェクトもまかせていただき大変に成長することができました。もちろん、自分の会社ではないので「外注さん」という括りで区別はされていたように思いますがそれが却って良かったのかもしれません。自社の先輩から手取り足取り教わるのではなく、出向先の技術者から多少の距離感を持って、本来10教えるところをポイントだけ2つ3つ教えていただくという感じでしたから、あとは自分で考えなくてはならず、そのおかげで物事を自分で解決するという癖がついたと思っています。

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私の父は、私が15歳のとき、「もう元服の年なのだから、丁稚奉公して他人の飯を食って来い」といって比叡山の山寺に小僧として放り込みました。この「他人の飯」というのは大変つらいもので、食べたいと思うものも食べられず、腐った飯でも文句を言わずに食べなければなりません。それでも「食わせてもらっているだけありがたく思え」といわれます。昔の人は、「他人の飯には“とげ”がある」とよくいいますがその通りです。炊きたてのご飯を食べられるということすら頻繁ではなく、肉や魚はご法度で、いつもひじきや切干大根をおかずとしていました。しかし、それだからこそ毎回食事が与えられることに幸せを感じることができ、日々の何気ない生活であっても、自分の好きなこと(仕事)をして食べていけるということに、大きな幸福感を持って働いています。これはまさに父の言わんとしたことだったと思います。

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さて、「他流試合」に話を戻します。私はその富士電機に出向中は、年のうち半分くらいは「現調」(現地調整)と呼ばれる出張に出ておりました。当時は浄水場やFAの仕事をしていたので、全国の浄水場や企業の工場に、長い時は半年くらい出かけていました。初めての出張は新潟の長岡、そのあとは埼玉の大久保、香川の綾川、北九州の穴生、広島の牛田、北海道の釧路、岐阜の糸貫、島根の出雲など、さまざまな土地を回り、いろいろな人たちと関わりながら働きました。そうした中で自然と多様な価値観を自分の中に持ち合わせることができるようになった気がします。

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客先で働く場合、自社の人間以外は何となく縁遠いような冷たいような感じを受けるかもしれませんが、一緒に仕事をすればすぐに打ち解けると思います。私などは当時の社長に、「お前は仕事の能力も低いし、態度も悪い」と、いつも小言ばかり言われていました。しかし出向先の人たちは“ま逆”で、私を大いに認めてくれました。それを物語る話として、入社2年目で長岡市の浄水場システムを一手に任せてくれました。これが私の技術者としての大きな転機です。当時、一緒に仕事をし始めたばかりで、まだ私のことをよく知らない人たちは、私がまだ2年目の新人であることを知ると、「2年目でそんなことやってるの?」と一様に驚きました。それがまた快感でもありました。

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ある工場でエンドユーザへの説明会をしたときのことです。そこではユーザさんのみならず、そのプロジェクトに関わっているいろいろな人が出席しました。商流で上流にあたる商社の偉そうなおじさんたち(当時の私にはそう見えた)がその会議に出席しました。私は初対面でしたが「私のような小僧っ子が生意気と思われるのでは」と、最初は遠慮して名刺交換をしませんでした。また相手も私を無視していました。ところが、打ち合わせにおいて私が主役で説明を終えると、そのおじさんたちの方から名刺交換を求めてきたのです。このとき、仕事で認められるという喜びを感じたものです。年齢や見た目などは関係ないのです。(当時の社長はそうではなかったようです。髪の毛が長すぎるということでボーナスは半分しかもらえませんでしたから)

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最初のうちは「他流試合」をすることは、自信もなく不安でしょうが、それはほんの一時です。私は、若いうちにいろいろな人と関わって自分の経験値を上げることがとても大切だと考えます。だからといって、社員を寺に放り込むようなことはしませんが。。。優秀な技術者を目指すならば、他流試合で腕を磨くことです。相撲でも出稽古というのがあるように、他人(他社)のフィードバックは時に辛いものもありますが、自分を成長させてくれる重要なエッセンスを含んでいます。

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そうはいっても、中にはふるまいの良くないお客さまもいらっしゃいます。たとえば、契約時に説明された仕事と、実際の仕事の内容が違い、派遣社員のような扱いで長時間働かされる。客先で明らかに下に見られ、あからさまな差別待遇を受けるなど。こんなとき、私が客先に話をして技術者を引き揚げたことも1度ならずありました。会社としては、みんなが成長してくれることを期待して色々とサポートしますし、このようなケースでは私の判断で仕事を打ち切ることもしますので、安心して「他流試合」に臨んでください。

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虚心平気

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長い正月休みも終わってみるとあっという間だったと思います。
例年休みになったら「あれもしてこれもして」と意気込みますが、結局雑事に追われて思ったことがたいしてできません。特に私のように小さい子供がいる場合、その世話焼きで終始してしまいます。思っているスピードに対して実際のそれが極度に遅いという、コールタールの海で泳いでいるような感覚です。

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実はこの原稿も家のパソコンで書いているのですが、途中何度も子供に中断させられています。いまも3歳になる下の子から「仕上げはお父さん!」と呼び出されて歯磨きをしてやって戻ったところです。多少イライラしながら歯磨きしたので、やり方が雑になったようで、「痛い痛い」と怒られました。そういえば、先日お会いした慶応大学の教授との会話を思い出します。その方も子持ちでありながらスタンフォードへ留学された経験をお持ちです。周りを見ると皆自分より若く、子持ちの学生などはほとんどいない中、子供の世話をしながら論文を書いているときに、自分は明らかに他の学生よりもハンディを負っていると感じたそうです。しかしだからこそ自分の時間は、他の学生のように自由に時間を使える身分の人に比べて貴重であると考えるようになり、時間を人より有効に有意義に使えるようになったというお話でした。私も新米パパの以前に比べれば、子供の情け容赦ないインタラプトになんとか余裕をもって対応できるようになってきたと思います。そのようなことで、この原稿も多少前後の脈絡がおかしくなってきています。

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自分のことはあまりできなかった正月休みですが、そのような中、以前に購入してそのまま読まずに置きっぱなしとなっていた本のうちの1冊を読めたのが唯一の収穫かもしれません。その本の中で気になった言葉が「岡目八目」。この語の意味は、碁を打つ場面で、対局している本人よりも傍で見ている方が、戦局がよく見えているという意味です。

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人は落ち着いているときはあれこれ冷静にものを考えられますが、ちょっと動揺するとたちまち気持が乱れて平時では考えられないミスを犯したりするものです。会社経営の場合、自分の命が懸っているわけですから色々と判断する際にどうしても雑念が入り、冷静な判断ができなくなりがちです。そんなときに自分をあくまで客観視して、冷静に考えることができるようになれればよいのですが、これが簡単なようでなかなか難しいのです。

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こういう心構えは、イザとなってからあわてて「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせても効果はありません。常日頃から冷静にいられる自分を作るように鍛錬しなければかないません。これが「虚心平気」の境地でしょう。その境地にたどりつくために、かつて侍は戦う技術である「剣術」を「剣道」という精神鍛錬のメソッドとして発展させ、それのみならず「茶の湯」や「禅」などを精神の修練の場として重用したのだと思います。「虚心平気」の気構えを獲得しようと努力すること、それはすなわち求道です。

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しかし、会社は組織ですから、上司がその職責ゆえに判断に迷っているとき、そういったしがらみを持たない部下が、傍らから見て冷静なアドバイスをするというのはとても合理的です。経営層にある人が自己啓発し、たくさんの本を読み、座禅を組んだりして自己修養に努め、ある境地に達するまで待つよりも、チームで対処する方が現実的ですね。

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バグの調査では時間との戦いとなりますが、どうしても焦って視野狭窄に陥ります。そんなときはそのプロジェクトに責任を持たない他人の方が、さっとプログラムを見て適切なアドバイスが出せたりするものです。だから、何でも自分で解決しようとするよりも、変なプライドは脇へ置いて相手が先輩だろうと部下だろうと気軽にアドバイスを求めることも大切です。

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元日というのは単なる暦の切れ目ではありますが、昔から1年の計は元旦にありといいます。時間というのは切れ目なく延々と無限につながっているものですが、昔から人はこれに色々な節目を入れて生活にメリハリをつけてきました。

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だから、正月を一つの区切りとして自分の気持ちを切り替えるきっかけにするにはとてもよい機会だと思います。私の今年のキーワードは「虚心平気」ということにいたします。

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「虚心平気」という言葉自体はかなり抽象的ですが、もう少し具体的な表現として私の好きな「六然(りくぜん)」という言葉があります。これは中国の崔銑という人が起源らしいですが、日本では大変好まれて引用されている言葉です。ここに引用して今回の話を終わります。

【六然】

1. 自処超然(じしょちょうぜん)
  自分自信に関してはいっこう物にとらわれないようにする。

2. 処人藹然(しょじんあいぜん)
  人に接して相手を楽しませ心地良くさせる。

3. 有事斬然(ゆうじざんぜん)
  事があるときはぐずぐすしないで活発にやる。

4. 無事澄然(ぶじちょうぜん)
  事なきときは水のように澄んだ気でおる。

5. 得意澹然(とくいたんぜん)
  得意なときは淡々とあっさりしておる。

6. 失意泰然(しついたいぜん)
  失意のときは泰然自若としておる。

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