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掃除と整理整頓(後半)

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家には5歳と2歳の子供がいますが、上の子は最近、自分のおもちゃを自分で片付けるように母親からしつけられるようになってきました。しかし見ていると、なかなか片づけることができないようです。どれをどこへしまえばよいのか、何を片づけなければならないのかが分からずパニック状態になるようで、そのうち手に取ったおもちゃで遊び始めてしまい一向にかたづく様子が見られません。

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これは、普段から何をどこへしまうかといったルールが確立していないことと、片付ける際の優先順位が付けられていないからです。また、新しく買ったおもちゃなど、どこにしまうかわからないものに出くわすとそこで思考停止するようです。

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色々な事柄に言えますが、100%を実現するのは非現実的だということです。そこで大切なのは優先度です。物を整理する優先順位が決まっていれば、時間が5分しかない時は大体50%、10分あれば70%片付けられるという芸当ができます。目につく大物をさっと片づけるだけで散らかった部屋の印象は随分変わるものです。それが、いつも同じやり方や順序にこだわっているといきなり小物の整理から入ってしまい、10分たってもなにも片付いていないように見えてしまうのです。

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麻薬担当の刑事は、その人の乗っている車の状態で覚せい剤常習者かどうかがわかるそうです。常習犯の車は一概に次のような特徴を持つそうです。[1]いつ洗車したか分からないほど汚れている。[2]車体に傷やへこみが多く修理されていない。[3]車内は日用品など雑多なものが詰め込まれて荒れ放題となっている。などです。

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この特徴は、物を整理できない人を象徴しています。麻薬におぼれると刹那的な快楽だけを求め、計画的な行動が取れなくなるので、何でも使ったら使いっぱなしとなり、複数のプロセスを踏まなければ出来ない車の修理などにも手をつけることができなくなるのでしょう。

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また、不要なものを捨てるということも整理整頓ではとても重要なことです。今はネット上に有益な情報がいつでも入手できるようになったので、その点は大変便利になりました。先日も部屋の片づけをしていて、そのことを痛切に感じました。

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10年以上前からほったらかしにしていた数冊のファイルを先日の連休で整理しました。これらのファイルには旅行先で入手したパンフレットや雑誌の切り抜きなどが収められていました。当時はネットがなかったものですから紙の情報がとても重要なのでこのように保存していたのです。例えば、神田の古書店マップ、都内の飲食店の紹介記事などがありましたが、これらはいつでもネットで検索できるのでもはや何の未練もなく捨てることができました。

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不要なものを捨てると、それだけ検索スピードが上がりますから、必要なものがすぐに見つけられるようになります。ハードディスクも長く使っていると不要ファイルが増え、クラスタ化も進むので時々デフラグが必要になるのと同じ理屈です。しかしいくら古いからと言ってもなんでも捨てていいというわけではないでしょう。これは人の価値観によりますが、私は他にはない唯一のものは取っておくようにしています。例えば給与明細は私が新人の頃からほとんど全部取ってあります。3年以上見ることがない資料は必要ないというような判断基準もあるかもしれませんが、今般の社会保険庁の問題などもあり、これは捨てなくてよかったと思っています。

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整理整頓には、[1]自分なりのルールを作る、[2]簡単に実行でき時間がかからない方法で行う、[3]できれば整理する対象(本、書類、衣類、CDやDVDなど)全てを納めても2割以上のゆとりがあるスペースを用意する、などが必要だと思います。

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掃除と整理整頓(前半)

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ある本によると、銀行が中小企業に融資する際の判断材料として面白いものがあるようです。社長が高級外車に乗っているかどうか、分不相応な立派な社長室があるかどうか、平日にゴルフに行っているかどうかなど、なるほどと思わされます。その中にトイレが汚い会社には金を貸すなというのがあります。これは、トイレに限らず社内の掃除がきちんとされている会社は、社員のモラルが高く内部統制もしっかりしているということの表れととらえるからでしょう。人目に付く場所を掃除するのは普通なので、目につきにくいトイレをチェックするのです。

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情報セキュリティマネージメントでも、クリアデスクトップという項目があります。机の上を常にきれいな状態に保つことが、情報の管理上重要であるというのがその趣旨です。確かに書類等を整理整頓しておくということは良いことですが、実行するのはなかなか大変です。特にいろいろな案件を同時並行でこなしている人にとっては、整理に要する時間も馬鹿にならず、机の上がいつの間にか書類の山となってしまいます。

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著名な作家や新興IT企業の社長の書斎がテレビや雑誌で紹介されることがありますが、案外とっ散らかっていたりするものです。一方、経済誌などの記事で、大企業の社長のインタビューと一緒に本人の机が写真に撮られているのを見ると、まさにクリアデスクトップだったりします。広くて立派なオーク材の机の上に、万年筆やペーパーナイフなどの高級文房具のほかは何も置かれていない様子を見ると、こういった人は秘書が何でもやってくれる、雇われ社長(非創業社長)のように思うのは私の偏見でしょうか。

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私が寺にいるときは嫌というほど掃除をさせられましたし、禅宗では掃除というものが修行の手段としてとても重要な意味を持っています。しかし、私は掃除があまり好きではありませんでした。掃除してもすぐに落ち葉で汚れたり、折角箒目を立ててもすぐに人の足跡でぐちゃぐちゃになったりすると思うと、モティベーションが上がらないのです。これは私の未熟さのせいかもしれません。

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しかし、私が掃除や整理整頓ということの中で重要だと思うのは、必要なものがすぐに取り出せる状態を作るということにつきます。人は何かを思いついても、それを思いとどめておくことは大変困難です。せっかくよいアイディアが浮かんでも、手元にそれをメモするノートがなければすぐに忘れてしまいます。

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家にあっても同様で、役所から来た書類や銀行からの通知書など、適当にその辺に突っ込んでおくと肝心な時にどこにやったか分からなくなります。私の場合はA銀行、B銀行、税金、車関係などといったようにそれぞれカテゴリ別のA4のケースを用意して、そこにただ入れておくだけの方法をとっていますが、これだけで随分と違います。

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仕事でも私生活でも、自分の所持品の中で必要になったものがすぐに取り出せる状態になっているかどうかは、その人の自分自身に対する評価(セルフイメージ)にも影響する大問題です。買い物に行く時にお店のメンバーカードが見つからないとすると、「あれ、どっかで見たんだけどどこへやったかな?」、「ちくしょー、どこにも見当たらないぞ」、「またどっかへやっちまった」、「ああ、おれは駄目だ」と自己嫌悪に陥ったりします。こういったことが続くと自分はだめな人間であるという自己イメージが固まります。

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目標となる良い先輩

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人間にとって目標となる良い先輩がいるということは幸せなことだと思います。私にとって子供のころは父親が大きな目標であり、高校に入学と同時に親と離れて暮らすようになってからは、比叡山の師匠や先輩たちがよい目標となりました。ただし、目標としては大きすぎ、しばしば自分との大きな埋まることのないギャップに自己嫌悪に陥ることもありましたが、総じてあのようになりたいと思える人を身近に持てたことが今の自分の糧となっていると思います。

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社会人になって、いくつかの会社に所属しましたが、今度は逆に、ああはなりたくない、なってはいけないと思うような経営者の下で色々と嫌な思いをいたしました。その中で唯一尊敬する社長に出会うことができ、その会社にお世話になりましたが、ほどなくM&Aでトップが交代してからはその会社に何の魅力も感じなくなり独立しました。もしこのようなことがなければ今でもその会社に勤めていたかもしれません。自分の出来も悪かったので良い会社にも巡り会えませんでしたが、だからこそ自分でこうして会社を経営しているとも言えるわけです。

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私のサラリーマン時代は仕事よりも趣味の音楽活動の関係でいろいろと刺激を受けました。特に我々のバンドのリーダー格のSさんは、自動車のセールスマンから転身して独立し、若くして広告代理店を立ち上げるなど、非常にアグレッシブな生き方が私に大きな影響を与えてくれました。こちらが会社勤めで汲々としている中、2つ年上の彼は神田に事務所を持ち、従業員も10名くらい抱える社長として活躍していたのですから、うらやましいという気持ちと、自分は人生のレースで彼に水をあけられているという焦りも感じていました。今思うと「何とか自分も」という気持ちはこのころから培われていたように思います。

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このように、目標といってもそう大げさではなくてもよいと思います。坂本竜馬や諸葛孔明を尊敬する人は多くいますが、あまりにも遠い存在過ぎて具体的な目標とするには難しいかもしれません。それよりも、身近なところで自分にはない輝きを持っているような人を当面の目標とし、その人が普段どのように話し、どのように行動し、人と接しているのかをよく観察し、自分と比較して何が違うのかを考えてみるのがよいと思います。

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みなさんの身の回りにそのような目標となる先輩はいますか? 会社に目標となる先輩がいればよいのですが、こんな風にだけはなりたくないというような人ばかりの環境であれば、そのような場所に長くいるべきではないでしょう。

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良い先輩を持つことが己を切磋琢磨し成長の基となるということは、企業間にとってもおなじだと思います。かつて戦後の日本は、SONY、HONDAなどという良き先輩がいたからこそ製造業業界の発展があったといえるでしょう。このような企業は、多くの中小零細製造業の経営者に大きな夢と目標を与えてきたのです。私の父の友人たちにも、戦後の混乱期に貧しかった新潟から裸一貫で上京し、この京浜工業地帯の中心である蒲田で親方の下で昼夜なく働き、やがて町工場の経営者つまり一国一城の主となった人たちがいます。彼らからすると、HONDAもSONYもこの間まではおれたちと同じ町工場だったじゃないかという親近感と、自分たちも頑張ればああなれるんだという夢を持てたからこそ、どんな仕事でも引き受けて働きに働いて技術を磨いていったのです。そうして、今でもこうした町工場が世界でもオンリーワンといわれる技術を誇っているのです。

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しかし、目を転じてコンピュータソフトウェア業界を見ると、この国にはそのような手本となるべき企業は少ないのではないでしょうか。残念ながら日本で成功している大手ソフト会社では、人を派遣して労賃を稼ぐというモデルが確立してしまったために、そのような会社のフォロアー(後追い)ばかりとなり、未だにMicrosoftやGoogleのような業界のリーダーとなる会社は日本には出現していないのが実情です。MicrosoftやGoogleというと夢物語のように感じるかもしれませんが、製造業の世界ではSONYやHONDAがこのポジションにあるのです。

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良い先輩を持つということは、このように人にも企業にも大きな影響を与えます。人は自分の力だけで変わっていくことは難しいので、他者の力を借りて自分の夢を実現していくことも大切です。

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余計なアドバイス

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前回に引き続き、人に対して批判やアドバイスをする難しさに関連した話です。

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私が高校3年生の時、普段は比叡山麓の律院という寺で一人留守番を務めていました。そこでの日課の一つに「お札(おふだ)作り」がありました。2ヶ月ごとに二千枚ほどの大黒様(大黒天)のお札を作成し、信者の方に発送するというものです。

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木のスタンプと墨汁で紙に1枚1枚判押しし、陀羅尼(だらに)と呼ばれる薄いお守り(病気に効くとかでちぎって飲む人もいます)を入れて朱印を押し、袴(ハカマ)と呼ぶ紙で巻いてから金紙の帯で封をするというもので、結構手間がかかります。こうしたお札は各寺で作成していました。小僧が多い寺では手分けして作業できますが、私はもっぱら一人だったので、大体の作業を自分なりに工夫してこなしていました。

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そんなある時、我々一門の関連寺院、京都の赤山禅院に何かの手伝いで数日間駆り出されました。この寺には小僧が数人いるのですが、場所が修学院離宮の隣にあり観光客も多く、特に祭礼の日には結構な人出があるので、そういった時には我々が助っ人として駆り出されることになります。このときもそのようなことでお手伝いに行ったのです。

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そこでMさんという人に出会いました。彼は元政治家の秘書をしていたとかで年齢も30過ぎの立派なん成人男性でした。何か思うことがあるとかで、小僧見習いとして赤山禅院に修業に来たそうです。寺の小僧という世界では、年齢などは関係なく、1日でも早く山(比叡山)の飯を食った者が先輩となり、先輩には絶対服従という掟があります。よって、当時高校生の私でも彼に対しては先輩ということになります。
※平安の昔から、「山」と言えば比叡山のことを指すそうです。この場合の「山」は一般名詞ではなく、誰もが知っている「あの山」という意味です。英語で言うとa mountainではなくthe mountainという表現になるでしょう。敬称をつけて「お山」ともいいます。

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しかし、彼の場合は一時的な預かりということでもあり、年齢もかなりいっていたので特別扱いでした。あるときMさんに運転をさせてどこかへ出かけた時、私の先輩のUさんが道案内役として助手席に座っていましたが、曲がる場所を指示するタイミングが遅かったのか、Uさんに対して「U(呼び捨て)、車は言われてすぐに曲がれないんだから、もっと早め早めに言ってくれよな」と文句を言っていました。確かにそうかもしれませんが、Uさんは私などよりずっと長く寺にいるわけで、本来このような物言いは許されませんが、Mさんはいわゆるイラチ(いつもイライラしていてキレやすい性格)な人ということと、本当の小僧ではなくゲスト扱いということで皆黙って受け流しておりました。

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夜になって私が作業場所から戻ると、広間では小僧が集まってお札作りが始まっていました。作り方は普段私がいる寺と一緒ですから、私も仲間に入って手伝いを始めました。その中に、Mさんも混じっていました。しばらくして、私のお札の作り方を見ていたMさんが、紙の折り方について「こうした方がいいよ」と、私に対して上から目線で指図をしてきました。気まずい空気が流れました。私が既に2年以上もこの世界にいて、普段からお札も一人で作っているということはMさん以外皆知っていることでした。

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きっとMさんは親切心でアドバイスをくれたのでしょう。実社会でそれなりに活躍してきたMさんが、その寺に住み込んで数週間、ある程度寺の生活にも慣れたころに自分よりもうんと年下の見知らぬ少年が手伝いにやってきて、自分のやり方とは明らかに違う方法でお札を作っている。ここはひとつ忠告してやろうと思い、イラチな性格から思ったら口に出さずにはいられなかったのでしょう。

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私としても困りました。「誰に向かって言ってるんだ!」と怒ってもよい場面でしたが、そのような大人げないこともしたくないし、といって昨日今日入ってきた人間の指示に従って自分のやり方を変えることもできません。しばらくどうしようかと思いつつ黙って作業を続けました。周りの小僧連中もどうしたものかと黙りこくっていました。するとMさんは、私が無視していると感じたのでしょう。また、自分よりうんと年下の人間に無視されていてはメンツが立たないと思ったと見えて、「おれの言ったやり方が気に食わないなら別にそれでもいいけどな」と捨て台詞を言いました。ここでたまらず先輩のUさんが、「秀照(私のこと)は普段から自分の寺で作っているんだから(新参者のお前が余計な事を言わなくても)いいんですよ」とようやくフォローを入れてくれました。

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これは、Mさんの性格によるところも大きいでしょう。通常は余計な口出しをして嫌な雰囲気を作るよりも事なかれで口を閉ざしている人の方が多数派でしょう。しかし、Mさんは実にアグレッシブな人でした。また、ストレートに物をいうだけに裏表のない人でもあり、私とは数日過ごすうちに非常に気が合って、いろいろな話をし、互いに一目置くような関係となりました。そして私が自分の寺(律院)へ戻る際は、握手をしてお互い頑張ろうという感じで別れました。

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この一件は、どちらも悪意はないのに緊張したコンフリクト(衝突)を起こしたという事例です。片方がキレてしまったり、根に持ってしまったらその後の二人の親密な関係は生まれなかったでしょう。どちらもそれなりに大人だったので人間関係を崩さずに済みました。しかし、人に忠告をする、アドバイスをするというのは、自分の立場、相手の立場、周りの状況などをよく考慮しなければならないという教訓になる出来事でした。

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このケースで、Mさんの側に立って考えると次のようになります。
自分の立場:まだその世界に入って間もない新参者である。
相手の立場:どこのどいつかと思っていた小僧(私が)が、その世界では自分よりもずっと経験豊富な人間だった。
周りの状況:多くの第三者がその場におり、自分以外は皆その小僧(私)が何者であるかを知っていた。この状況で、その少年(私)を批判することは、私のメンツのみならず周りの仲間のメンツをもつぶすこととなる。

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いくら自分が正しいと思っていても、強引な指図は後々禍根を生む種となるのです。十字軍だって自分たちは正しいと思っていたでしょう。しかしその結果多くの人が苦しむこととなったのです。とはいっても、社内で先輩が後輩に指導をする場合は、多少事情は異なります。これは、あくまで見知らぬ人や、他のバックボーンを持った人に対するときに注意すべきことと考えてください。

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