【2010年9月6日の朝礼でのスピーチより】
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今年は猛暑のせいか、秋の味覚の代表であるサンマの漁獲が思わしくないそうです。先日北海道の釧路へ行きましたが、日曜日に買い物を予定していた和商市場が秋刀魚の不漁で休みになってしまいました。いつもなら観光客でにぎわう和商市場を閉めてしまうのですから、よっぽどのことでしょう。
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秋刀魚は例年ですと2尾で100円などという馬鹿らしくなるほど安い価格で店頭に出回っていますが、本来の価値からすると安すぎるとも思います。
幸いなことに今のところ、秋刀魚に代わってマイワシがたくさん獲れているそうです。人は希少なものを喜ぶ傾向があるので、値段の高い高級魚をありがたがりますが、旬のもので価格の安いものが結局一番おいしいのではないでしょうか。
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ちょうど昨日は「目黒のさんま祭り」があったようです。まだ一度も行ったことはありませんが、大量の秋刀魚を無料でふるまうということで、この時期になると新聞等で話題になります。
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ところで皆さんは「目黒の秋刀魚」の噺を知っているでしょうか。(社員の顔を見回したところほとんど皆が知らないようで、ちょっとショックを受けつつ)
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「目黒の秋刀魚」というのは落語のネタで、あらすじはこうです。ある時、殿様が遠乗りに出かけます。当時は全国の大名が江戸の下屋敷に詰めていましたから、この殿様もおそらく参勤交代などで江戸に来ていたどこかの大名なのでしょう。遠乗りは鷹狩りと並んで殿様が昼間に野外で行う娯楽の定番です。
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目黒あたりに来た時にどうにも腹が減ったが、あいにく弁当の用意を忘れてきており、どうしたことかと思案していると、そこにうまそうなにおいが漂ってきます。近所の農民が秋刀魚を焼いていたのです。殿様はそのにおいに我慢が出来ず、「こんな魚は下賤のものが食すもので殿が召し上がるようなものではございません」、としぶる家来のいうことも聞かず無理に持ってこさせます。それを食べた殿様、こんなうまいものがあったのかと大感激、見る間に何尾も平らげます。
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それ以来、目黒で食べた秋刀魚の味が忘れられないのですが、外で秋刀魚などを食べさせたと知れると家来が咎められるので、秋刀魚のことを話題にすることもできません。食べたいのに食べられない、辛い日々を送ります。そうこうしているうちにこの殿さま、他の屋敷に客人として招かれます。客人の所望する料理を出すのが当時の習わしだったので、前々からこの日を楽しみにしていた殿さま、何をご所望ですかと聞かれて即座に秋刀魚をだせと要求します。
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なぜ秋刀魚などを知っているのかと驚いた接待役ですが、殿さまのたっての希望なので仕方なく日本橋の河岸に行って秋刀魚を買ってきます。しかし、その子骨や脂の多さにそのまま焼いて出すことがためらわれ、蒸して油抜きをし、毛抜きで骨を抜いてしまいました。こんな秋刀魚ですから風味も何もなくなっています。
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これが秋刀魚か?といぶかりながら一口食べてみると、あの目黒の秋刀魚とはほど遠く、とても食べられたものではありません。そこで殿さま、この秋刀魚をどこで仕入れたのか尋ねます。接待役が「日本橋の魚河岸でございます」と答えると、「それはいかん、秋刀魚は目黒に限る」というのが落ちです。
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この話は、普段威張っているえらい殿さまでも、庶民が食べている旬の味を自由に食することもできずかわいそうだねという皮肉を込めたお話です。高級なものがおいしいというわけではないということですね。