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当時、私はJR豊田駅から徒歩10分くらいの家賃5万円程度のアパートに暮らしていた。結局ここには20歳から28歳まで住むことになったが、5年以上経った頃に引っ越しを考えた。その理由はこうだ。向かい側のアパートに家族持ちが住んでいて、一人男の子がいた。当初は5歳くらいの幼児だったのだが、いつの間にか彼が中学生の制服を着ているのに愕然とし、時間の流れを強烈に感じた。そして彼の目からすると、物心ついた頃から向かい側に住んでいる私の存在は、彼の人生の中で普遍の存在となってしまっているのではないかだろうかと考え、あまりにも長く一カ所に居続けてしまったという恥ずかしさのようなものを感じてしまったからである。(これはどうでもいい話だが)
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そんなことで、駅前の大きくはないがこぎれいな感じの不動産屋へ飛び込んだ。店主は別の客と対応中で、若い男が対応に出た。豊田というのは東京のかなり西の方で、いまいちマイナーな駅である、また、その不動産屋も町の家族経営の不動産屋を少し大きくした程度の店だったが、その男は妙にピシッとしたスーツを着て何となく高慢な雰囲気を醸し出していた。私は、国立(東京都国立市)か立川(同立川市)あたりで、これこれこのくらいの予算で部屋を探しているのだが、と告げると、そいつは私にいきなりこう聞いた「一部ですか?二部ですか?」。
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何を聞かれたのかその意味を計りかねていると、そいつは続けてこう言った。「今時、勤め先が一部上場か、少なくとも二部でないと貸してくれる大家さんなんかいませんよ」。貧乏人に構っている暇はないとばかりに早口でまくし立てた。こういった時代だったのである。あたりまえだが実際はそんなことはなくて、きちんとした収入があれば部屋は借りられる。東京都下の1DKのアパートを探しているだけで、別に六本木ヒルズや白銀に住もうというのではないのだから。こんな馬鹿を相手にしていても仕方ないので、さっさとその店から出た。
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何の人生経験もないのに妙に高飛車で勘違いしている人間が多くなったのがこの頃の傾向である。六本木あたりのしゃれたバーやディスコに行くと、若造の店員がサービスも悪いのに妙に威張っているのにでくわした。金が無ければ客じゃないという嫌なムードが漂っていた。大勢の仲間と六本木のディスコを借り切ってパーティーをやったとき、男友達がお立ち台の上で踊っていると店員が飛んできて何の説明もなく突き落とすという暴挙を平気でやっていた。たとえ借り切りであってもお立ち台は女性しか乗ってはいけないらしい。金と女が第一という時代であった。そして客は高くてまずくて最低のサービスに対してバブリーな対価を払わせられる。それに比べると今は落ち着いて良い時代になったと感じる。
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人(派遣社員や日雇い労働者など)、物(商品、不動産)、金(株式や複雑な金融商品を含む)を右から左へ転がして一部の人間だけが巨利を貪るような時代よりも、皆がお金の大切さを知り、環境のことを考え、物づくりや額に汗して働くことを尊重するような世の中になるのであれば、たとえ不況であってもその方がずっと良いことだと思うのである。