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自粛よりも日本を活気づけよう

【2011年4月4日の朝礼でのスピーチより】

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震災以来、日本が全国的に自粛ムードに包まれています。

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お祭りや花火大会など慶賀事が相次いで中止となっており、これは被災された方々のことを思えば飲んで騒いで浮かれている場合ではなく、少しでも痛みを分かち合おうということと、無駄な電力を使わず節約しようという思いやりの気持ちから発生していることは理解できますが、ここで別の懸念が出てきます。

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このような調子で自粛自粛と国全体が縮こまると、内需が落ち込み経済的に停滞してしまい、それが結局は被災地の復興の足を引っ張ることになるということを心配します。日本国民が一丸となって自粛するというのは、日本人の美徳でもあるかもしれませんが、いつもの右へならえの習性が現れているようにも思えます。

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大手企業は、このタイミングでテレビCMを流すことを躊躇していますが、「この非常時に浮かれたコマーシャルなどけしからん」という一部の意見を恐れてのことでしょう。日本人は、物言わぬ大多数の意向よりも、少数の先鋭的で強烈な非難を怖がります。

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東京電力の計画停電は当面は仕方のないことかもしれませんが、時間帯も構わずに節電節電というのにも違和感を覚えます。専門家によると、電力は需要がピークの時にブラックアウトが起きる可能性があるわけだから、需要が供給を大きく下回る夜間にまで節電するのは意味がないと言っております。私の母は、「うちも節電しくちゃ」ということでいつも点けておく階段の明かりを消すようにしたのですが、足元が暗くてよく見えず、足を滑らせて何段か滑り落ちて体をしたたかに打ったそうです。幸い怪我はありませんでしたが、このようなことで怪我をしてはそれこそ本末転倒です。

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「まわりがこう言っているから、皆がこうしているから」と、合理的な判断なしに付和雷同してしまう国民性が少し恐ろしいです。戦時中、燈火規制の中で明かりを点けていると隣近所から寄ってたかって非国民と攻撃されるのと似ているように感じます。竹やりでB29が落とせるわけがないということは合理的に考えれば至極当然ですが、集団でヒステリーになるとそのような判断もできなくなるのです。

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本当に被災地の復興を助け、日本全体に活力を取り戻すには、大いに飲んで食べて内需を拡大させることの方が、節電するよりも効果があるかもしれません。東北地方には農家や酪農家がたくさんいます。海岸沿いには多くの漁港があります。半導体関連の工場や自動車などの製造工場から生産される部品は、政界中のハイテク製品にとってなくてはならないものです。こうした産業が復興していく段階に至ったとき、もう数ヶ月か気かもしれませんが、そのときには私たち日本人は物を買わずに節約するのではなく、そうした産業に需要が生まれるように大いに物を買うべきでしょう。

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東北、北関東の被災地で作られた農産物やハイテク部品を使ったIT機器や自動車には、復興シールとかを貼って目印とし、そのシールが貼られた商品の購入には消費税を掛けないようにするなどして優遇すれば、地元は大いに助かるでしょう。

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しかし原発が収まったと仮定して、その後の復興に対して最も障害になるのが東京電力の計画停電です。夏の電力需要がピークに達するシーズンはあっという間に来てしまいます。政府はただちにサマータイム制とか企業の休日分散化など、具体的な対策を示す必要があります。しかしながら、どうもそのあたりの動きは鈍いように感じられてなりません。

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なにはともあれ、暗い顔でじっとして我慢するのではなく、元気を出して楽しく暮らし、大いに消費することが最も大切です。
もちろん、消費=浪費ではありません。この機会に、東北産の米や野菜をもっと食べるとか、三陸のうまい魚をつまみに東北・北関東の地酒を皆で飲もうというような、明るいムードを作り出していきたいものです。

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