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考えを捨てる

【2011年1月17日の朝礼でのスピーチより】

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ニュースでエレベーターの作業員の事故を報じていました。一人がエレベーターの昇降するピットで作業中に、もう一人が誤ってエレベーターを上昇させてしまい、降りてきた錘が作業員を直撃したというものです。誤操作を起こした作業員は「もう作業は終わったと思っていた」と話しているようですが、そこには思い込みというものがあったのでしょう。
ただ、思い込みといってもそこはプロの仕事ですから普段から安全管理教育は受けていたでしょうから、そんな単純なことではなく複合要因があったと考えられます。

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ただ、人の命がかかっているわけですから、誤動作させても押しつぶされないようにリジットラックのようなものをかませておくとか、インカムではなく無線LANなどによる音声と画像によるコミュニケーションが取れるようにしておけば未然に防げたかもしれません。

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何かであせっていたりすると、いつもの手順どおりにことが進まなくなるものです。このようなときにミスが起こり、事故を誘発します。人間、急いでいたり別のことに気をとられていたりすると、ちょっとした予測ができなくなります。つまりほんの2手先、3手先が読めなくなります。

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ある職人が、自分の興味のある仕事の話が舞い込んだことによりついついそれをどうやって作るかといった方面にばかり気が向いてしまい、実際にはまだ相談を受けたというだけの段階、つまりまだ受注をしていないのに物を作り始めてしまい、そのあとで話が流れてしまって泣きを見るということがあります。私の知人で二人ほどそういう事例がありました。一人はそれで会社に大きな損害を出しました。もう一人は、受注はしたもののさほどの予算は下りてこなかったのでもちろん赤字。それよりも、早とちりして自分勝手に物を作り始めたことにより一緒にプロジェクトに取り組んでいた仲間から顰蹙を買い、人間関係を壊してしまいました。

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他愛のない落ちものゲームで、落とす順番を考えないと高得点が得られないというものがあります。これが子供だましかと思いきや結構考えさせられます。落とせる色の組み合わせを見ているうちに、これはちょっとまとめてゲットできそうだと思うと反射的にそれを選んでしまいそうになります。もう少し別のパターンを考えなければいけないとはわかっていても、目の前の塊を落としたいという誘惑に判断が狂ってきます。人間の心理は以外に単純です。

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仕事の段取りでも同じです。本来の目的へ到達するための手段は色々あるのに、ひとつのものにはまり込んで多くの時間を消費してしまうのです。登山に例えると、頂上へ行くのが目的なのに、たまたま目の前に現れた沢を越えるのにこだわって、別ルートで登ることを検討しない(できない)で、結局そこで時間を無駄にしたために目的地に着けないのと同じです。

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うちの小3の長女も、テストをやるときに頭から順番にやり始めてどこかの問題で悩み始めます。すると、そこの問題を考えれば考えるほどわからなくなりパニックになり、結局ほかの問題が解けなくなります。つまり、近視眼的、視野狭窄に陥って全体が見えなくなっているのです。テストの目的は高得点を得ることですから、解けそうな問題からやればよいのに、目の前の問題から離れることができない、つまり捨てることができないのです。すぐには解けないやっかいな問題をライフワークと捕らえて、そこにすべてを捧げてしまうのは芸術家か哲学者のやることです。

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大切なのは、ちょっと手ごわいなと思ったときに冷静な自分に立ち戻り、自分のいる場所と目的地とを再確認して、この手法が効果的なのか、ほかの手段がないのかを検討することです。そして、ほかのルートがあるのなら、惜しいですが今取り組んでいる難しい問題は別の機会(趣味の時間)に取り組むことにでもして、あっさりと捨てることです。そのことについて考えることを捨てるのです。なんだか敵前逃亡みたいでいやですし、そこに山があるから登るのだというロマン派の人には許しがたい行為かもしれませんが、あなたが解決しなければならない問題は山積みなのです。時間は有限であり、人生はあっという間ですから、ひとつのどうでもよい課題にいつまでもこだわっている暇はないのです。

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人生を考える

(いつも朝礼のスピーチは月曜日ですが、今日は仕事始めなので例外的に話をします)

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今日は1月4日、仕事始めです。

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正月を迎え、冬も真っただ中となりましたが、ついこの間まで暑い暑いと言っていたのに季節の移り変わりは速いものです。

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日本人はとかくお祭り騒ぎが好きで、キリスト教徒でもないのにクリスマスを祝い、正月になれば今度は神社やお寺に初詣。とかく節操がないと言われますが、そこには人間の、意識しないでいると時間という切れ目のない流れの中で、だらだらと生活してしまうという本質から、要所要所でけじめをつける意識が働いているように思います。

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日本は非常に四季がはっきりしており、きちんとした生活をしていないと生きていくことすらままならなくなります。まず冬になると食料の調達が困難となります。そこで、秋の収穫をため込んでおいてなんとか冬を越すことを考えます。そのために食料の備蓄が必要なります。すると保存するための食品加工技術、発酵技術などが発達します。

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冬を越せるだけの作物を得るためには、春の作付けから計画的にやっていかなければなりません。1年を無計画に過ごしていると冬を越せずに凍え死ぬか飢え死にするわけですから、一日一日を大事にして、定期的に数々のイベントをこなしていきます。二十四節気というものもこうした区切りといえます。

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こうして厳しい冬という試練を乗り越えていくところから知恵が発達し、文化も発達するわけです。お祭りというのもそうしたけじめの文化でしょう。

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そこへ行くと、赤道付近の国は1年中あったかであり、食料もいつでも手に入るし、外で寝ていても凍え死ぬことはありません。うらやましいですね。しかし、地球儀を見ていると文化というものが発達したのは気候的に厳しい場所に集中しているようです。

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日本よりもずっと厳しい気候条件の地域があります。中東の砂漠地帯などは、昼は焼け死ぬほど暑いのに、冬は凍えるほど寒くなるそうです。先日、古い映画で「アラビアのロレンス」を見ましたが、砂漠では日中の暑さにやられて死ぬことは珍しくなく、らくだも水分補給なしでは20日で死ぬそうです。このような土地だから、一神教の絶対的で強烈な宗教が発生するのかもしれません。

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太古のエジプトでは、ナイル川が氾濫し土地そのものが流されてしまうことがしばしばです。そこから、測量技術、数学、建築などの高度な文明が生まれたわけです。人間に困難が降りかかるからこそ、そこに知恵が発達し、文化も生まれるのです。今はやりの言葉で言うと、ピンチをチャンスに変えるとでもいうのでしょうか。

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世界はこの2年ほど未曾有の不況で苦しめられ、日本はさらにさまざまな悪条件が重なって会社の経営的にも非常に厳しい環境に置かれております。しかし、そうした経験をすればこそ新しい何かが生まれてくるものと信じております。

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皆さんも、人生の中で悪い運命にさいなまれることもあるでしょう。しかし、そうした時期があればこそ普段の何でもない生活のありがたさがわかりますし、ただ物質を消費して享楽的に行き当たりばったりの楽しみを追いかけるのではなく、苦しい経験をした時こそ人生を考える良いチャンスとしてほしいと思います。

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