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反骨精神(あるいはロック魂) 2/2

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十代の反逆といえば、ジェームズディーンやRolling Stonesなど思い浮かぶが、それらはあくまで作られたイメージである。自分で苦労することを避けて生きていながら、俺は十代の純粋な気持ちを持ち続けるんだ、とか、Stonesのように自分の生き方を貫きとおしたいんだ、などと思っている万年青年には、早く目を覚ましてもらいたい。他者を模倣したり、その人になりきって世の中を批判したりするのは至極簡単なことである。しかし、批判と反骨精神は違うのだ。

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人は成長すると知恵がつく、すると、それまで自分を支配していた力に対して疑問を感じるようになる。ほんとに親の言うことが正しいのだろうか、社長の言うとおりにしていてよいのだろうか。やがてそうした相手に対して批判するようになる。それ自体は大いに結構だし、自分もそうして生きてきた。しかし、批判するだけで終わってしまってはただの万年野党である。

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日本の戦後の政治は、長く自民党と社会党という2つの対立図式で成り立ってきた。資本主義、民主主義を掲げる政権与党の自民党に対し、どこまで本気かわからない社会主義を目指す社会党。しかし、社会党には本当に政権を奪おうという気概などはなかったのである。与党の言うことする事にいちいち反対を唱えていただけである。こうした社会党のメンタリティーは、必ず批判する相手を必要とする。そしてその相手は自分よりも強いものでなければならない。

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自分たちは弱者であり、強者に搾取され、被害者であるという立ち位置が絶対に必要なのである。だからこそ自分たちには批判する権利があると主張するわけだ。そして、大きな目的もコミットメントもないまま、批判することだけを自分たちの仕事にしまうので、万年野党となってしまうのだ。「被害者」で居続けるということは大変居心地がよいのかも知れないが、同時にとても卑怯である。確かニーチェもそのようなことを言っていた。

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さて、こうした考え方は政党に限らず、個人の中にもそうした性向が見受けられる。会社ではたいして働きもしないしリーダーシップもとらないのに、なんだか妙に歴史や政治経済に詳しくてエラそうに会社や上司を批判するのである。さっきまでの話とイメージがダブらないだろうか? そう、こうした人々は、まだ自分の反抗期を完了していないのである。反抗する、批判するということ自体が自分の存在意義となってしまった同情すべき人、それが先に述べた万年青年である。

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反骨精神とは何だろうか。自分の考えに合わないことには断固闘う、一人になっても反対し続ける、といったイメージを挙げる人が多いだろうが、大切なのは、ただ批判するだけではないということだ。自分の理想を信じて行動し続ける。自分が批判される立場に立つことをいとわない。場合によっては自分が加害者とそしられることも恐れないという点で、ただ弱者の立場を利用して批判するだけというメンタリティーとは大いに異なるのだ。

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また、批判することを自分のアイデンティティーとしているような人は、逆に自分が批判される立場に立つと瞬く間に墜落する。人を「疑惑の総合商社」などと揶揄した社民党の女性議員がよい例である。そうした人は自分が批判されることを恐れるあまり、なお一層攻撃性を前面に押し出すのではないだろうか。

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若くて、頭が切れて、鋭い言葉で世の中や大人を切り捨てる、そんな姿は一見かっこよく映るかも知れないが、私が本当に格好いいと思うのは、年老いてボロボロになっても自分の道を歩き続ける人である。批判されても馬鹿にされても、何くそ、今に見ていろと自分の目標のために努力し続ける人である。

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若くして死んでしまったロックスター、その中には本当に不慮の事故や災害で亡くなってしまった人もいるが、若い時にさんざん好き放題やってスターになりながらも、やがて自分自身がかつては無様だと思っていた30過ぎのおっさんになることに耐えられず、30歳前に自暴自棄な生活をして死んでしまった人も多くいる。そんな姿を格好いいと思うティーンエイジャーの気持ちもわからなくはないが、それよりも60歳過ぎても現役でやり続けているSones、The Who、Iggy Popといった永遠の不良親父の方が私からみるとずっと渋くて格好いいのである。(もっとも、彼ら自身もたまたま生き残っただけかも知れないが)

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ロックの話ついでに

ロック魂というのはそれぞれの人の解釈によって違うだろうが、反骨精神という要素を含んでいることに間違いはないだろう。Rock And Roll Heartという曲も書いた私の好きなLou Reedに言わせると、ロックンロールハートとは、群れない、権力が嫌い、学校が嫌いということらしい。

かつて10年以上ロックバンドをやってきた私にもロック魂のかけらが多少なりともあるのかもしれない。そして今の会社を作って20年近くになるが、この会社は私のロック魂の一つの具現化したものである。それは傷だらけでみすぼらしいちっぽけなものかもしれないが、とりもなおさず自分の反骨精神つまりRock And Roll Heartが生んだものである。

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反骨精神(あるいはロック魂) 1/2

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20代から30代にかけて、かなりロックミュージックにはまった。そのころすでに1980年代に突入していたが、当時はまだ70年代の香りを残したバンドが多く、これらの欧米で活躍しているミュージシャンに対しては強い憧れをいだいたものである。そしてパターン通りに自分でバンド活動も始めて、もっぱらStonesのコピーを演った。同様の経験のある人はわかるだろうが、自分でやってみるとますますメジャーなバンドと自分の決定的な差を知ることになり、夢と現実の違いに打ちのめされたものである。

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7~80年代、若者に人気のあったロックスターには共通点がある。みな若いということはもちろんだが、大人の社会を批判し、社会のルールに反抗し、自分のスタイルを貫くというものである。これらは興行のために多分に演出されているものもあるが、十代の少年達はこうしたロックスターの生きざまに憧れ、それを模倣するのである。

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そして、彼らの教祖であるロックスター自身も大人(中年?)になる前にその人生を終わらせてしまうものが少なくなかった。ブライアンジョーンズ、ジミヘン、ジムモリスン、ジャニスジョップリン、わりと最近ではカート・コバーン、この人たちはみな27歳で死去した。ロックはドラッグとセックスと死に結びついて、強固なメッセージ性を持ち、若者にとって大変に妖しく魅力的なものになっていくのである。

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さて、人には生まれて成長していく過程の中で反抗期というものを迎える。よく知られているように、2~3歳くらいで第1次反抗期、思春期を迎えるころに第2次反抗期がやってくる。第1次反抗期では、それまでひたすら従順だった赤ん坊が、ある日突然何でも「イヤ」といって拒否の態度を示すようになる。私もいま現在、上の子が6歳、下の子が4歳なのでつい最近、第1次反抗期の子を持つ親となる経験をした。実際に自分の子供を見ていて思うのは、何でも「イヤ」と言ってみて、どこまで自分の主張が通るのかを試しているように感じられた。つまり、限界がどこなのかを知るための大切な冒険の時期なのではないだろうか。

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そして第2次反抗期、これは本来動物が子別れ、親別れする時期なのではないだろうか。本当に大人になるための準備運動のようなものだろう。まだ私の子供はそうした年齢に達していないので、実感は持てないでいるが、自分のことを振り返ると、とにかく親が疎ましくてしようがない、しかし一人で生きていくことはできないというジレンマで苦しんだような気がする。そこで無頼なロックミュージシャンがこうした世代のハートをばっちりとつかむのである。私の場合はちょっと違っていて、中学生の頃はひたすら西部開拓時代のアメリカにあこがれた。親や日本人に生まれたというしがらみを断ち切って、大西部でワイルドな生き方をしたいと切に望んだものだ。私がロックに目覚めたのは20歳くらいになってからである。ティーンエイジャーたちが憧れる対象がロックミュージシャンであれ、ウェスタン映画の世界であれ、要は現在の自分の所帯じみた狭い世間から、はるか遠くかけ離れた刺激の多い冒険に満ちた生活に憧れるのではないだろうか。これは人間の本能、いや、動物の本能かもしれない。

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親の庇護を受けて育ってきた子ギツネが親と別れる時期が来て、危険の多い森の中へ一匹で巣立っていくには、その危険を危険としてではなく、冒険に満ちたあこがれの世界と映るように自然は仕組んでいるのではないだろうか。そうでなければわざわざ危険の中に身を置くことをせずに親と一緒に生活をするであろう。しかしそうなると親は次の子を産んで育てるという活動ができなくなる。キツネという種が生き残っていくためには、できるだけ短い期間で子離れして次の世代を産み育てなければならない。そう考えると、うまくできているものである。

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さて、人間に話をもどす。人の場合は動物と違って長く親と一緒に生活することができる。つまり、大いなる庇護のもとでぬくぬくといい年になっても生きていけるのである。しかし、動物の本能として仕組まれた親離れの時限爆弾はしっかりと抱えているから、時が来ればそれが反抗という形で爆発する。親に対する批判だったり学校など世の中に対する怒りとして発露されるのである。

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こうした一時期の生活態度は、人間が成長する過程で必ず必要なもので自然の与えたものだろうから、それを否定するつもりは全くない。私も子供達に、その時が来たらせいぜい反抗してみろと待ち構えていたりする。そのとき余裕をかましていられるかどうかは自信がないけれど。しかし、問題なのはそれがいつまで続くかである。人間の生活環境が良くなったせいで、30過ぎても40過ぎても親の世話になっている人が多くなっている。もちろん、年老いた親を面倒みるために同居している人を指しているのではない。いい歳をして親の世話になっているばかりではなく、反抗期もそのまま終わらせられずに持ち続けている人がいるのが困ったものだと思っているのである。そうした人の中には、何かにキレて火をつけたり車を暴走させたりして関係のない人の人生を台無しにしてしまうものもいる。

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