イメージ画像

サラリーマンは夢のない職業か?

□□□□
前回は「ナチュラルボーンサラリーマン」というテーマで話しましたが、ここで話した「サラリーマン」とは、広義の、会社に所属してサラリーをもらう人のことを言っているのではなく、会社のヴィジョンや理念には無関心で、かといって自己実現しようという向上心も持たず、ただ生活のために自分の時間を切り売りして働いているタイプの人のことを皮肉って言ったものです。だから、国民のために奉仕するなどという理念は持ち合わせず、己と自分の組織の存続だけを目的として税金を無駄遣いする役人なども同類と言えるでしょう。

□□□■
私も学校を卒業して7年くらいはサラリーマンでした。それと同時に素人バンドを組んであちこちのライブハウスで演奏していたのですが、そんな20年くらい前のある時のエピソードです。毎月のように出演させてもらっていた吉祥寺のライブハウスがありました。そこではオーナーの趣味で、まだマイナーなお笑い芸人を集めてライブ寄席のようなことをやっていました。そのライブハウスで何かのイベントがあり、常連である我々のようなロックバンドやお笑い寄席に出演している芸人たちを招待してくれてパーティーが催されました。招待客の中に、私もそのライブハウスでコントを見たことのある、少しキャリアの長い、つまり若手とはいえないお笑いコンビがいました。

□□■□
パーティーの中でそのコンビのリーダー格のBさんとはじめて話しをしましたが、ちょっとした自己紹介などをした後に、私たちが会社勤めをしながらバンドをやっていると話すと、彼はそれまでのなんとなくフレンドリーな感じから急に態度を変え、早々に離れていきました。まるで、勤めながら遊びでバンドやっているような奴らは俺たちの仲間じゃない、というような態度でした。

□□■■
パーティーの後半、かなり座も乱れてきたころに我々から少し離れた所からBさんの話し声が聞こえてきました。相方、といってもおそらく後輩でしょうが、その彼に向ってBさんがこんこんと語っていました。「俺たちは、今は売れない芸人かもしれないが、いつかブレークして見ろ、大変な金が転がり込むんだぞ」、「その辺のサラリーマンは、」(と言ってこちらを見たような気がしましたが)「毎日上役にペコペコして、たかが知れた給料もらうだけなんだ、それに比べておれたちの仕事は夢があるとは思わないか?」相方の方も恐ろしいくらい真剣にBさんの顔を見つめて「ハイッ、ハイッ」と答えています。そこには、言葉にしなくとも「俺もその野望を抱いて、どんなにハングリーでも頑張っていきます」という態度がにじみ出ていました。

□■□□
はたから見れば、修業時代の芸人の若者群像という感じでしょうが、引き合いに出された我々としては面白くもありません。我々だってただ漠然と生きているわけではなく、自分たちの出来ることを精一杯やっているわけで、他人から蔑まれるような生き方をしているわけではないのですから。さて、サラリーマンとは、彼が言うように夢のない仕事なのでしょうか? もちろん、彼は世の中のサラリーマンをどうこう言っているわけではなく、そのように定義付けすることで自分たちのモチベーションを高める方便としていたのでしょうが、その引き合いとして、まじめに働き、幸福に生きている人達を貶めるようなことを言うのはナンセンスだと思います。

□■□■
私はサラリーマンも経験し、今は小さな会社の経営者ですが、勤め人だから面白くないとか、社長だから特別だなどということは全くないと思います。会社勤めをしていると、会社のルールや上司に縛られて自由がないというように思われるかもしれません。しかし、一国一城の主、つまり社長になれば何でも自由にできるのでしょうか。いや、そうではありません。社長であっても得意先では頭を下げなければなりませんしお客の顔色を見ることも必要です。新卒採用に当たっては、学生さんに対して是非うちへ来てくださいと平身低頭することもしばしばです。銀行との付き合い、商工会などでの同業者との上下関係など、さまざまな制約があります。どんな大会社の社長であっても、売れっ子芸人であっても、人間が社会生活を営む以上さまざまな制約があります。

□■■□
「ねずみの嫁入り」というお話があります。ねずみの親が娘の嫁ぎ先として世界で一番強い相手を探すという話で、最初は太陽のところへ行きます。しかし太陽が言うには「自分を遮る雲のほうが強い」と言います。それで雲に話を聞くと、「自分を吹き飛ばす風のほうが強い」と言われます。そして風は「自分を通さない壁の方が強い」と言います。一番強いのは壁だということで壁のところへ行くと、壁は「自分をかじって穴をあけてしまうお前たちねずみのほうが強い」と言うのです。そしてねずみの娘はねずみのところへ嫁入りするという話です。「隣の芝生は青い」という格言にも通じますが、どうしても比較するときに相手のいい部分だけを見てしまいがちです。

□■■■
私にも苦い経験があります。私たち常連が溜まり場としていた飲み屋がありました。時々新顔が増えたりすると、もともと音楽好きが集まる店だったので音楽の話題などでお互いにすぐ仲良くなったものです。そんなある時、私の知らない客の男性とちょっとお話を始めました。何かしら共通の話題になるような接点はないものかと思い、「お仕事は何をされているのですか?」と尋ねました。彼は「塗装工です」と答えました。私は仕事での接点が無さそうだなと少し落胆し、それが顔の表情に出たのかもしれませんが、彼はすかさず「今、(塗装工と聞いて)鼻で笑ったでしょ」と突っ込んできました。私はぎくりとして青ざめました。彼は気のいい人間で、別に私を非難したり喧嘩を吹っかけようなどと考えていたのではなく、多少自虐的な意味合いを込めてユーモラスに言ったので場は白けずに済みました。私には、すぐに相手の社会的立場などを聞こうとする癖があると気付き、改めねばならないと思いました。相手と会話を楽しむならば、好きな酒はなにかとか、月に何回くらいこの店に来るのかなど、ライトな話題にしておけばよかったのに職業を尋ねて深手を負ってしまいました。

■□□□
有名な寓話で「レンガを積む三人の男」の話があります。ある街でレンガを積んでいる3人の男を見かけて「何をしているんですか?」と声をかけます。すると、一人目の男は「見りゃわかるだろ、レンガを積んでいるんだ」とにべもなく答えます。二人目の男は「ここに壁を作っているのさ」と答えました。そして三人目の男は希望に満ちた表情で「私は教会を作っているのです、完成したら人々が集まり皆の役に立つような立派な教会になりますよ」と答えました。

■□□■
大きな教会だろうと小さな教会だろうと、本人の夢がそこに込められているのであれば、その人は自分の夢の実現のために働いている幸せな人だと言えます。傍から見てサラリーマンでも塗装工でも社長でも、その人の心のありようによって単なる労働者にもなりますし、夢を実現している挑戦者にもなるのです。

タグ

休み

都合により休み。

タグ

京浜東北線 新型車両

朝の通勤で利用する京浜東北線が、最近になって新しい車両を走らせ始めた。時々この新型車両に乗ることがある。今朝も運よくそれに乗れた。まだ新しいと感じさせる匂いを放つ車両の内部は、何となく広々して優先席もそれと分かるように吊皮や床の色も変えている。

そこで一番感心したのが開閉ドアの構造である。窓ガラスが二重のペアガラスとなっているのである。最初はこんなところを二重ガラスにしても効果があるのかと疑問に感じた。長距離を走る列車ならまだしも、駅の間隔が短い路線でそこまでする必要があるのだろうかと。しかし、定位置のドア付近に立ってみて気がついた。これまでなら冬場はひんやりすとするドア付近でもそれほど冷たさを感じないのである。また、今日になってさらに気づいたのだが、ドアからの隙間風がほとんど入ってこない。この辺にも改良が加えられたのだろうか。冬場はドア付近に立つことを敬遠する人も多いだろうが、これならばそんなことは気にしなくて良くなる。

こうした新型車両の開発にはかなりの投資をしていると思われるが、こうした乗客サービスの向上には、それに伴った広報をしないともったいないと感じた次第である。

タグ

ナチュラルボーン サラリーマン (natural-born salaryman)

□□□□
会社を創業してまもなくの頃、私は日常の細かいことでもいちいち社員に注意を与えていました。それは決して好んでしていたわけではありません。少ない人数で立ち上げたばかりの会社、それを自分たちの理想の組織にしようという思いを持っていたので、ちょっとしたことでも自分の考え方を伝えなければならないと信じていたからです。

□□□■
ある時、トイレに入るとトイレットペーパーが残りひと巻き分しかないことがたびたびあったので、そのことも言うまいかどうか逡巡した後、細かい話だということは重々承知の上で、他人に対する気づかいの大切さを伝えねばならぬと思い、嫌々ながら注意しました。小うるさい社長だと思われたかもしれませんが、こちらは好き好んでいっているわけではないのです。

□□■□
皆さんの周りにも細かいことを注意する人がいるかもしれませんが、その人の真意を理解してあげてほしいものです。その人は目についた些事をどうこう言っているのではなく、蟻の一穴を見過ごしてはならないという意味で警告しているのかもしれないのです。

□□■■
さて、私はエンジニアを目指した10代のころから、いわゆるサラリーマンにはなりたくないと思っていました。だから20歳でソフト会社に入社した時には、自分はサラリーマンではなくエンジニアだと思っていました。しかし、あとで社長から、「お前はサラリーマンなのだからその長い髪を切れ」と言われ、ものすごく落胆したことを覚えています。その社長に対する反抗心から、わざと髪を切らないどころかネクタイをせずジーパンで職場に行くようになりました。

□■□□
私はその会社を含め、2つの会社に勤めた経験がありましたが、いずれの会社でも遅刻に対しては懲罰的な就業規則により月給が減っていく仕組みとなっていました。確か遅刻3回で有給が1日消費され、精勤手当が減らされるとか、0.5時間単位で時給相当額を控除されるなどの仕組みであったと思います。

□■□■
だから、5分や10分遅れただけで給与を減らされるということに対して、大変に理不尽であると感じてもいました。エンジニアならば、その仕事の内容で評価されるべきと単純に考えていたのです。今思えば単なるわがままかもしれませんが、若いうちはそんなものです。

□■■□
さて、自分で会社経営を始めた当初、ある社員がいました。彼は事務仕事が好きで、若いわりに保守的なタイプで、常に何事かに対して不平不満を言うのが常でした。元々ソフト開発とは全く畑違いの別の会社に勤めていたのですが、そこの会社に対しても何か気に食わないことがあったらしく、人の紹介で私の会社に移ってくることになったのです。私と同級だったので、その頃30歳ちょっと手前という年齢でした。

□■■■
彼は入社して間もなく、何度か遅刻をするようになりました。そこで、私としては年も違わない彼には小言は言いたくないけれども、役割として放ってはおけないと思いました。私も会社に務めていた時はよく遅刻したので、そのこと自体を責めるつもりは毛頭ありませんでした。

■□□□
だから彼さんに対して、自分の真意が伝わるよう気を使いながら、叱責ではなく同じ仲間としてのお願いという形で話をしようと思いました。私は彼に、「自分がそのようなことを注意する資格はないし、君の給与を減額しようなどとも思っていないが」と前置きした上で、「数人しかいない会社なのだから、朝の9時に人がいないと取引先から電話が来たときに困る。誰も電話に出ないと相手から見た会社の印象が悪くなるので皆のため、そして自分自身のためにも考慮してほしい」などという趣旨の話をしたと記憶しています。

■□□■
しかし、彼さんから返ってきた言葉は私にとっては意外なものでした。いかにも鬱陶しいといった顔つきで、「遅刻してごちゃごちゃ言われるよりも、時間計算で給与を減額してくれた方がすっきりします。」とこう言ったのであります。

■□■□
なるほど、そういうものかと変に感心したり落胆したり。それ以来、こういった人種、つまりナチュラルボーン サラリーマン(生粋のサラリーマン)に対しては、その人の人生に踏み込んでまで、どうこうしようという意欲を失ってしまいました。このような経験を重ねていくことにより、経営者の(ある種勝手な)熱い思いはどんどんとスポイルされていくのではないでしょうか。そして、「社員はあくまで使用人だから、いかに低く給与を抑えるかが社長の仕事だ」などと考えるようになってしまうのではないでしょうか。私はそうはならないと信じていますが、使われる方も使う方もそれぞれの考えがあり、中には決して交わることのないものもあるのかもしれません。

タグ

このページの先頭へ