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マニュアル

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先日、快晴にもかかわらず真冬の冷たくて強烈な風が吹き抜ける中、池袋の知り合いの会社へ行こうと通りを歩いていました。

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すると目の前の交差点で年配の女性が、通りかかったタクシーに手を挙げているのが見えました。私は赤信号だったのでこの様子をしばらく見ていました。タクシーは交差点の中ですぐに止まりましたが、ハザードランプをつけたままでドアが開く様子もありません。おりしも寒風吹きすさぶ中、老婦人はドアの開かないタクシーの横にただ待ちあぐねておりました。何か故障でもしたのか、それとも乗車拒否するのかなと思って見ていると、運転手が助手席側のドアからもぞもぞと這い出してきたかと思うと、乗客のためにホテルマンのような仕草で後部のドアを開けました。なるほど、サービスの良さで知られる京都のMKタクシーは、必ず白手袋をした運転手が降りてきて乗客のためにドアを開けることで有名となりました。そのまねをこのタクシーはしているのだなと理解できました。たまたま止まった場所が交差点だったので助手席側から降りようとして少し時間がかかったようでした。そんな型どおりのサービスはいいから、さっさと自動ドアを開けてやればいいのに、客の老婦人は極寒の中でしばらく待たされていたのです。

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サービスというものは客のためにするものであり、提供側の自己満足でするものではありません。件の運転手もきっと社内で研修を受けてお客様のためにというつもりでこの作法を身につけたのでしょうが、客の立場になってみれば、状況を見て臨機応変に対応してもらいたいと思うでしょう。

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いまはファストフードから高級ホテルまで接客に対してすべての作法がマニュアル化されています。何も知らない新人を教育するために企業は多大な努力を払いますが、それを効率よく実施するために業務の様々な手順をマニュアル化することは決して間違いではありません。マニュアルの中には多くの経験と知識が凝縮されており、場当たり的な教育よりもよっぽど普遍的で役立つ内容となっているはずです。

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しかし、マニュアルはあくまで手順書であり、戦場におけるあなたの上官でもなければ神の教えでもないのです。会社は時々その教えどおりに事がなされているかを確認するために監査を入れることもあるでしょう。それにより指導されたとおりの手順が実行されていない時には厳しい指導がなされるかもしれません。しかし、マニュアルは万能ではありません。日常起こりうるすべてのことを網羅することは不可能ですし、仮にそれだけの内容を盛り込んでいたとしても、幾百万通りの対応方法を記憶することは人間にはできません。

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マニュアルは一般的なケースについて対応方法を記述したものであり、想定外の局面においては、結局その場の人間の対応にゆだねられることになります。その時に、マニュアルには書かれていなくても、そのマニュアルを作成した人であればどのようにふるまうであろうかということを勘案して行動することが肝要となります。

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サービスとはどういうものかを表すための伝説的な逸話として、ある老舗旅館の話を聞いたことがあります。宿泊客が大切な指輪を洗面台に流してしまったという訴えを聞いた客室担当者は、誰に相談することもなく独断でその洗面台を破壊し始めました。そしてパイプの中に詰まっていた指輪を見つけ出して、客に返却したということです。また、最近テレビで見た話ですが、1977年ニューヨーク大停電のあった時に、停電によって発生した暴動から避難してきたホームレスの集団が、近くのウォルドルフ・アストリアホテルのロビーに入り込んできたそうです。この事態に総支配人は、彼らを追い出すことなどはせず逆にホテル中のローソクと食料をロビーに持ってこさせて彼らを安心させたということです。ロビーに敷かれていた年代物の高級絨毯もローソクがたれて汚損したようですが、そんなことには頓着しなかったそうです。のちに総支配人が語ったところでは、自分たちのホテルはただの営利目的の宿泊施設ではない。有事の際には公共のために尽くすという義務を負っている施設なのだという自負があったそうです。

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本日はISMS(ISO27001)の1次審査が行われる日です。我々が何故ISOを取得するかというと、それはユーザへのサービスのためです。ISOは手順書、つまりマニュアルの塊ですが、決して盲目的にそれを運用すればよいというわけではありません。ISOは品質ISO(QMS)であれ環境ISO(EMS)であれ、PDCAサイクルというものを重視します。計画(PLAN)をたて、実行(Do)し、それを振り返り(Check)、つぎの行動(Action)へつなげていくという思想で、別にISOなどというバタ臭い言い方をせずとも、日本の製造業の現場では昔からTQCなどを通じて実践されていたことです。だから、単にスタイルを真似するのではなくPDCAサイクルの心をつかんでほしいと思います。

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ISOの目的は、以前にお話ししたヒヤリハットや、情報の共有により担当者が変わろうとも一貫したポリシーを実務に反映することなどを目的としたもので、しごく合理的なものです。蛇足ですが、私が手順書作成好きなことは皆さん承知のことと思います。私にとって手順書は第一に自分のために作成します。自分自身が膨大な仕事量の中で業務を定型化し無駄な作業をなくして時間を節約するのが最重要目的です。(本当は生来の忘れっぽい性格により、3日前に自分が何をしたかを覚えていられないので備忘録として作成するのですが、その存在自体を間々忘れることがあります)また、それらをドキュメント化することにより他人にも技能を継承することが第2番目の目的となります。

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しかし、マニュアルはあくまでマニュアルです。マニュアルが間違っている可能性もありますし、その時の状況にそぐわない記述となっている可能性もあります。先の例のように、客が洗面台に指輪を流した時や、停電でホームレスの人々がホテルに入り込んできた時の対応方法などはマニュアルには記載されていません。そのような事態に対応するのは人間の感性の問題となります。そこで一番重要なのは「理念」ということになります。今一度会社の理念を再確認し、それを方位磁石として大まかな方向付けとすることが大切です。細かい手順書はそれを補足するものにすぎません。

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「理念」というと漠然としたものと感じる人もいるかもしれませんので、もう少し簡単かつ具体的に説明します。ある事態が発生したときに、こんなとき社長ならどう対応するだろうか、あの先輩ならどう考えてどう行動するだろうかと、客観的に社長や先輩の立場で考えてみることです。都合の悪いことは無かったことにしてしまえとか、誰かのせいにしてしまえといった考え方をする上司は、私の知る限りこの会社にはいないはずですから。

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コメント

  1. 小林哲之 より:

    ISOに関するお話、まったく同感できます。
    その昔、会社員であったころ「週末にISOの監査があるから、資料の辻褄をあわせておくように」という指示が出されていました。
    実際、前日は丸一日がかりで資料を作成するのです。まったく無意味な作業としか思えませんでした。
    ところが、異動で別の部署に行くと、きっちりISOが運用されているのです。業務効率が低下する手順は、さっさと変更して運用しているのです。生きているISOをそのとき初めて見ました。
    そこで学んだISOの極意は2点
    ・根拠の無い行動はしない
    ・決めた行動は、必ずレビューで確認する
    資料を作るにも、営業廻りに行くにも、何をするにも、実行の根拠となる情報を揃え、レビューで確認する。
    これを確実に実行することで、従来より業務効率は3割ダウンしました。
    ゆえに売り上げもそれに応じてダウンしたのですが、利益率は飛躍的に高まりました。
    従来あいまいにしていた為に発生していた無駄な工数が激減したこと、そしてバグ、クレームが皆無になったためです。
    今となっては、懐かしい思い出ですが、久しぶりに思い出しました。
    ありがとうございます。

  2. 阿部秀嗣 より:

    小林様
    貴重なお話ありがとうございました。

    別項にも書きましたが、日本人はとかく型から入る傾向があるので、決められたルールに盲目的に従ってしまうという性があるようです。

    たとえそのルールがただのテンプレートだったとしても、自分たちでそれを変更するのが苦手なようですね。

    参考になりました。


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